花房主水でございます。その9
「キャハハハッ」
フェラーリ412の助手席では、立花一が笑い声をたてている。
つられて、主水も
「アッハッハッハ」と乾いた笑いのエチュードで答える。
その夜は立花は神山の主水邸に泊まると
翌日、共に新幹線で京都にむかう。
タクシーは三条を過ぎ、京都御所に到着。
車が停まった瞬間、
音がひとつ消えた。
迎賓館へ向かう立花は、
職員の敬礼を当然のように受け、
迷いなく歩いていく。
主水は黙って続いた。
――この国には、
名もなく続いている系譜がある。
部屋に通される。
ダークスーツの男が立っていた。
平凡な顔。
だが、視線だけが深い。
「初めまして。花房君だったね。」
男は口元だけで笑って見せた。
主水は、男の目を見た。
――値踏みではない。
“確認”だ。
一瞬、空気が固まる。
「……お父さんは残念な事をした。」
わずかな間。
「良い男だった。」
主水の呼吸が、ほんの僅かに浅くなる。
立花が二人を交互に見る。
「へーえっ。珍しい。
誰かに興味示すなんて。」
軽い笑い声。
「そういえば、だいぶ前だけども。
僕がタレント弁護士の市長を連れて来た時には
ガン無視だったのに、今日は随分と楽しげだね。」
立花は笑う。
男は答えない。
主水は差し出された名刺を見た。
黒葉 十三
指先が、わずかに止まる。
クローバーのキング。
ならば――
剣もいる。
金もいる。
そして、札ではない札も。
主水は名刺をゴールドファイルの名刺入れへと滑らせた。
この国には、
役職ではない役割がある。
表には出ない札。
切られない切り札。
黒葉の目が、静かにこちらを測る。
確認は終わっている。
「我々は、日本の至る場所にいる。」
間。
「百人にも満たない。」
さらに、間。
「我々はそれを“まほろば”と呼ぶ。
君の父親も、その一人だった。」
沈黙。
立花の笑いが、ようやく止まる。
主水は何も言わない。
クローバー。
剣。
金。
そして――
まだ見えない札。
黒葉が、ふと視線を外す。
「……それから。」
一瞬だけ、間。
「あの注射は、打たない方がいい。」
立花の指先が、止まる。
黒葉は続けない。
主水の目が、わずかに細くなる。
「花房の死因が、
あの件だとしても。」
視線が戻る。
「急ぐ必要はない。」
それだけだった。
⸻
南禅寺近くの古い旅館。
湯気の立つ湯豆腐。
白は、静かだ。
立花はいつもの調子で箸を動かす。
「南禅寺は初めてかい?」
主水は海外生活が長く、意外に日本の良い場所に疎い。
だが、それ以上は聞かない。
石畳を歩く。
南禅寺の水路閣に、冬の光が差す。
主水は空を見上げる。
舞台は整いすぎている。
まるで自分がサスペンスドラマの登場人物になったかのような、錯覚を覚える。
クローバー。
剣。
金。
そして――
まだ見えない札。
⸻
帰りの新幹線。
グリーン車の柔らかい座席。
立花は、あっさりと眠った。
無防備な寝顔。
だが、この男は
どこまでが素で、どこからが演技か分からない。
主水は窓の外を見る。
流れる景色。
だが急ぐ必要はない。
それは忠告か、試験か。
⸻
夕刻。
白いジャガーMkIIがエンジン音を低く鳴らす。
「じゃあ、また。」
立花は軽く手を挙げる。
去っていくテールランプ。
主水は動かない。
慌てる必要はない。
主水はゆっくりと息を吐く。
――急ぐのは、いつも“外側”だ。
黒葉の言葉が、静かに沈んでいく。
盤は、まだ動いていない。




