花房主水でございます。その8
ランドクルーザー70。
2014年の復刻モデル。
ダークパープルのフィルムコーティングが、直線を基調とした車体によく似合っている。
もう五年以上乗っているが、主水はこの無骨なデザインに飽きが来ない。
ライトはカスタムでLEDの丸目に換えてある。
カーステレオからはマイルスのトランペット。
だが、ガラガラしたディーゼルエンジンの音がそれを遠慮なくかき消す。
もっとも、エンジンルームに遮熱塗料のガイナを塗ってからは、だいぶ静かになった。
とはいえ——
12気筒フェラーリの宝石のようなエグゾーストをBGMにできる車は、そうそうない。
母を横浜まで送った帰りだった。
母はクルーズ客船
「ダイヤモンド・プリンセス」で世界一周の旅に出た。
ちなみに母の名前は、聖羅。
出来すぎた名前だ。
一週間後には香港に寄港するらしい。
送り出した時、
胸の奥に、得体の知れない小さな不安が残った。
だが主水は頭を振って、その感覚を追い払った。
⸻
その夜。
「ゲイシャ」の入ったLSAのカップを片手に、
主水は壁面の60インチディスプレイ越しに男と話していた。
「ショック・ドクトリン——“惨事便乗型資本主義”は読んだな?」
フレンチブルーのシャツを着た金髪の男が言う。
「ああ。学生の頃に」
「ショックの後にルールを変える。
連中は昔からそれが好きだ」
主水は淡々と答える。
「政治だけじゃない。
スポーツでもビジネスでも同じだ。
むしろ、“金だけはある東アジアの田舎者”は扱いやすい」
「そうかな」
主水はカップを置いた。
「イタリアはG7でありながら、一帯一路に参加した」
短い沈黙。
男は肩をすくめる。
「バグというやつさ」
膝の上の白いペルシャ猫を撫でながら笑う。
「まあいい。
そのうち戻るさ」
主水は苦笑する。
「政治はパッチの多いゲームだな」
「ハハハ」
男は笑った。
「ところで——
信長の野望、最高だったぞ。サンキュー」
アレックス・フォン・ベルク。
2010年、武漢のゲーム大会で知り合った。
再会はカリブ海。
リチャード・ブランソンの別荘パーティーだった。
あの頃、彼は言っていた。
「すぐ宇宙へ行ける」
だが現実は、まだ地上だ。
「ところでロイヤルガードはどうだ?」
アレックスがニヤリとする。
「モテるだろ?」
主水は肩をすくめた。
「日本なら騎士団の方が人気だ」
「エクセレント!」
アレックスは両手を叩く。
「ゴートゥーキャバクラ!」
画面の向こうで男が腹を抱えて笑う。
猫が膝から飛び降りた。
主水は肩をすくめる。
「聖サンチャゴ騎士団の品位が泣くぞ」
「伝統は進化するものだ、ミスター・モンド」
アレックスの背後から、氣志團の歌う
「ワンナイトカーニバル」が流れてきた。
主水の目が一瞬止まる。
信長の野望と一緒に、冗談で送ったCDだ。
──モンド。
だが主水は何も言わない。
ただ小さく苦笑するだけだった。
その時。
先ほどまで尻の穴を丹念に舐めていた
ヒマラヤンのランスロットが、
主水の膝に飛び乗った。
そして——
顔を舐める。
「ひゃあ」
主水は思わずのけぞった。




