花房主水でございます。その7
地下のラボで、抗マイクロ波デバイスのテストをしている最中だった。
内線が鳴る。
武田警視長からだった。
「明後日の本庁会議、出てくれないか。本多が来られない」
本多警視正。特別警備隊。
「例の新型ウイルスだ。感染の疑いがある。しばらく登庁見合わせだ」
受話器越しの声は、妙に平坦だった。
⸻
あの時、岩野が言っていたこと。
まさか。
先週、中国で開かれたワールドミリタリーゲームズ。
エキシビション参加していた本多が、帰国後に体調不良。
嫌な符号だ。
端末を開く。
2019年 第7回ワールドミリタリーゲームズ。
開催地――武漢市。
一瞬、指が止まる。
世界の軍人によるオリンピック。
百カ国以上、数千名規模。
だが詳細に目を落とすと、奇妙な記録がある。
体調不良。
途中帰国。
専用機で撤収。
国名は書かれていない。
だが噂は残っている。
岩野の言葉がよぎる。
「準備は、もう終わっている」
まさかな。
主水は小さく頭を振り、
受話器を静かに置いた。
2日後、本庁にて
「あら、主水ちゃんじゃない、
どうしたの?」
振り向くと、意外な人物が立っていた。
立花一、
高校の先輩だ。
誰にでもフレンドリーなのだが、オネエというか、
苦手な人だ。
「先輩こそ、どうされたんですか?」
「今から会議なの、
あなたもでしょ、花房警視。
黒木さんから聞いてるわ。
その後、ちょっとどうかしら
お茶でも飲まない?」
黙っていれば木村拓哉によく似た、
立花一があざとくウィンクする。
主水は背中の奥が、わずかに冷えるのを感じた。
会議が終わり、
制服姿の立花の案内で、本庁の近くの
喫茶店に入る。
階級証をみるに、警視正だ。
「改めて紹介しましょう、警視庁国際サイバー犯罪特別調査室の立花よ。
よろちくね。」
立花は微笑んだ。
その笑顔は、やけに整いすぎていた。
思い出した。
高校の射撃部の先輩。
確か、京大に進んだはずだ。
当時のあだ名は――
「パンツを履く暇のない男」。
それくらい、モテた。
今ほどではないが、昔からどこか中性的だった。
男女どちらにも噂が絶えなかった。
危険、というより――
境界線のない男。
だが。
主水は一度も口説かれたことがない。
それが逆に、気持ち悪かった。
「アナタ、オタクばかりの射撃部じゃ、掃き溜めの鶴だったけど、相変わらず見事な活躍ぶりね。」
立花はカップを持ち上げながら言った。
「カーネギーメロンの友達から聞いたわ。モンドっていう、ヤバい子がいるって。」
一瞬、空気が止まる。
「それにしても、あそこの助教授のオファーを蹴るなんて。アナタらしいわ。」
主水は肩をすくめた。
「金集めは苦手でね。それに――」
言葉を少しだけ選ぶ。
「エプスタインみたいな連中と長くいると、子供の頃からの大事なものを忘れそうで。」
立花は微笑んだ。
「純情ね。」
その目は、まったく笑っていなかった。
「ところで武漢って、不思議な街よね。
アナタなら、どこから疑う?」
立花はうそぶいた。




