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花房主水でございます。その2

整列が解かれ、

隊員たちは三々五々、次の配置へと散っていった。


足音は揃っている。

だが、さきほどまでの緊張は、わずかに緩んでいた。


主水は歩きながら、

御所の内側へと続く渡り廊下に視線を走らせる。


砂利を踏む音。

木立を抜ける風。


すべてが、過剰なまでに整えられている。


「……警視」


背後から、低い声がかかった。


主水は足を止めない。

振り返りもせず、歩調を一段だけ落とす。


声の主が、自然に隣へ並んだ。


さきほど、

整列の最中に一瞬だけ視線を寄越した男だった。


年の頃は三十前後。

階級章は警部補。


体格は均整が取れているが、

筋肉のつき方が、機動隊上がり特有のものだ。


「失礼しました。

先ほど……」


言葉を切る。


主水は、ようやく横目で男を見た。


「何か?」


問い返しは、短い。


男は一瞬、間を置いた。

視線を前に戻し、

歩きながら言った。


「……半拍、ズレていました」


主水の表情は変わらない。


「規定内だ」


「ええ。

ですから、問題ではありません」


男はそう言って、

それ以上は踏み込まなかった。


踏み込めば、

自分の立場が危うくなると理解している距離感だった。


数歩、沈黙が続く。


やがて男は、

まるで独り言のように続けた。


「ただ……

ああいうズレは、たいてい“慣れ”か“慢心”です」


主水は歩きながら、

小さく息を吐いた。


「俺は、どちらに見えた?」


男は、即答しなかった。


数秒。

その数秒が、十分な答えだった。


「……どちらでもないですね」


男は、そこでようやく主水を見た。


「“違うものを見ている”人間の動きでした」


主水は、初めて足を止めた。


廊下の先で、

朝の光が庭石を照らしている。


「名前は?」


「六波羅です。

六波羅 恒一」


主水は、ゆっくりと頷いた。


「六波羅警部補」


名前を呼ばれただけで、

六波羅の背筋が、わずかに伸びる。


「忠告として聞いておこう」


主水は、前を向いたまま言った。


「ここでは、

見えているものの話はしない方がいい」


六波羅は、短く笑った。


「承知しています。

……だから、声をかけました」


二人は再び歩き出す。


同じ方向へ。

だが、完全に並ぶことはない。


数歩の距離を保ったまま、

それぞれの持ち場へ向かう。


別れ際、

六波羅が小さく言った。


「警視。

この先で何か“気づいた”ら——」


主水は、歩みを止めずに返した。


「その時は、

気づかなかった顔をしろ」


一拍。


「それが、

一番安全だ」


六波羅は、何も言わなかった。


ただ、

その背中が少しだけ軽くなったように見えた。


主水は、御所の奥へと足を進める。


静かな朝。

何も起きていない。


だが、

“気づいている者が、二人になった”


それだけで、

この場所の空気は、確実に変わり始めていた。



その後、主水は警視長である、武田の執務室を訪ねる。


武田は主水に席を勧めてから、お茶を出してくれた。

美味い玉露だった。



「最近では、お茶も自分で入れないと、職権の濫用とやらになるらしい。

ところで、奥平先生から伺っているが、

君、冬季オリンピックの銅メダリストらしいな。

バイアスロン……あまり聞かない競技だが。」


「冬季オリンピックは地味ですから。

スキーのノルディック競技にライフル射撃を組み合わせたものです。」


「なるほど、ここでは夏季オリンピックでも目指すつもりかね?」


「機会があれば是非、それよりも早くここのお高い雰囲気に慣れなくては。」


二人は声を立てて同時に笑った。


「六波羅という男がいましたが。」


「ああ、もう話をしたかね。彼は特別警備隊の小隊長だ。外大を出て、ここに来た変わり種さ。少し前に在外公館での勤務を終えて帰って来たばかりだ。」


「成る程、道理で若いのに、大した貫禄だ。」


「ところで、本題だが、君のために用意した部屋は、この部屋の二つ隣だ。

機器の搬入は明日になるので、今日子は射撃か柔道の訓練に立ち会って見てはどうかね。

皇宮警察とはいえ、いや、社会情勢を考えれば、今後は一般的な警察官以上に、緊張を強いられるだろう。


確か君は2年間の出向の予定だったね。」


「はい、その予定です。今日はのんびりと身体を解させて頂きます。」

主水は席を立った。

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