花房主水でございます。
その男は、ゲート前で守衛に身分証を提示すると、黒いBMW・R90サイドカーをゆっくりとパーキングスペースへ滑らかに滑り込ませた。
水平対向の鼓動が止まる。
目黒のBauer謹製、砲弾型サイドカー。
製作は五台に満たないと聞く。
ミラーバイザー付きのヘルメットを外す。
浅黒い肌。
削ぎ落としたような頬。
シャープな顎。
まっすぐ通った鼻梁。
彫り込んだような唇。
端正だが、どこか野性を残す横顔。
カルバン・クラインの広告に紛れていても不思議はない。
砲弾型の舟のトランクを開け、黒のローファーを取り出す。
スニーカーを脱ぎ、静かに履き替える。
動作に無駄がない。
入り口で待機していた警察官に、短く敬礼。
声は発しない。
建物へ歩き出す。
数歩進んだところで、ふと足を止める。
振り返る。
そして――
ニヤリと、笑った。
その笑みは、
歓迎でもなく、威嚇でもない。
エレベーターに乗り込み、4階のボタンを押した。
会議室では15名程のメンバーが、机を囲んでいた。
30歳くらいの私服警官が説明を終えたタイミングで
一番年嵩のスーツ姿の男が
「そう、花房警視、何か質問等あるかね?」とのたまった。
「いいえ、ありません。」
花房と呼ばれた男が、答えると、
「そうか、紹介しよう。
今日付けで、皇宮警察に出向となった、花房主水警視だ。」
発言者は、主水ともう一人
この場で制服を着ていない男だった。
夜、赤坂のホテルのバーにて
主水と年嵩の男がカクテルを飲んでいる。
年嵩の男はモスコミュール、花房はコーヒーだ。
このホテルでは、ゲイシャを出してくれる。
ブルーマウンテンやキリマンジャロの上に位置づけられる
スペシャリティコーヒーだ。
主水は、浅煎りのゲイシャを好む。
「ところで、何で、皇宮警察を希望したんだ?
まあ、こちらとしては、余計な内部調整が要らずに済んだし、
宮内庁からはすんなりと了解が出たから、結果オーライだが」
「すみません、皇宮警察ってなんか、カッコイイですよね。
海外で言うロイヤルガード。
FBIの知人に自慢も出来ますし」
一拍、置く。
「それに――
普通の組織なら、他国のスパイが紛れ込む余地がありますから」
主水は肩をすくめた。
「敵を欺くなら、まず味方から、でしょう?」
「そう来たか。
お父上と宮内庁官とは、確か同級生だったと思ったが。」
「それは、貴方もでしょう。
親父の葬儀の際には、お世話になりました。
改めて、感謝致します。」
翌日、主水は
自分と同じくらいの年格好の警部補から、
御所内の施設案内を受けた。
皇宮警察のプロパーは警察庁所属の国家公務員だが、
いわゆるキャリアではない。
そのため、主水のような例外を除けば、
警視以上の階級に就くのは、五十代を過ぎてからが普通だ。
それでもこの部署が特別視されるのは、
皇族だけでなく、海外要人にも近接する任務が多いためだという。
乗馬、スキー、テニス。
英語、フランス語。
茶道、華道。
サイドカーや消防車の運転まで――
求められるのは、警察官というより
「儀礼と実務の両立」だったらしい。
案内役の橘という警部補は、機動隊に当たる
“特別警備隊”に所属していることを、
どこか誇らしげに語っていた。




