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如月一族 BEFORE3

正月

久しぶりに、横浜金沢八景の実家に戻った。

平潟湾に面した250坪強の敷地に建つ

フランクロイドライト風の角ログハウス。

スキップフロアを備えた楽しい家。

僕が10歳迄を過ごした家、そして海保大に入る前も海保大に入ってからも

ここが、一番馴染む。


家の近くの資材置き場に置かれていたキャンピングトレーラー、そしてその下にあった

旧日本軍の施設跡は僕の子供の頃の秘密基地だった。

近所では産業廃棄物処理場と言う変な都市伝説があり、誰も近づかない奇妙な場所。


だがその資材置き場は、最近になって母が売ってしまった。


もしかしたらまだ隠された何かがあると確信していたから、

専有しておけばよかったと思ったが、後の祭り。

残念だが、仕方ない。




二月。


立川の研究所の自席で、

僕は東京大学工学部大学院の選抜試験の合格通知を眺めていた。


といっても、海保を辞めるわけではない。

海上保安官の身分のまま、リモートセンシング研究のために派遣される。


英語は問題ない。

TOEIC965点。

アイビーリーグでも通用するスコアだ。


面接では英語で、伊藤英明主演の『海猿』の話で盛り上がった。

官庁派遣という時点で大勢は決している。

要は、研究室のメンバーについて来られるかの確認に過ぎない。


だが——


僕の立場は、少しだけ微妙だった。


オリンピックでメダルを獲得し、

現場から立川の研究施設へ。

同時に昇進。


同期の中では、どうしても浮く。


そして今回の東大大学院派遣。

学歴ロンダリングの極み、と陰で言われてもおかしくない。


東工大なら、まだ気が楽だっただろう。

だが今回は、少なからず政治の匂いがする。


笑える話ではある。

少なくとも、僕以外は。



その夜。


いつものように甘い時間を過ごしたが、

その日は、彼女の方が少しだけ積極的だった。


冷蔵庫の奥に忍ばせた、祖父の形見のダイヤの入った小箱

を取り出すと、僕は言った。


「嫁になる気はないか?」


真以子は、間を置かずに答えた。


「私も、あなたに言うことがあるの。

香港。三年は戻らないわ」


淡々としている。

感傷は混ぜない。


俺はグラスを置いた。


冗談の顔は、していなかった。


彼女は、ほんの少し目を細める。


「ありがとう。とてもいい気持ち。

でも、結婚するなら、もっとお金のある人にするわ」


あっさりしている。


だが、軽くはない。


「そうか」


「あなたは危険を制御する男でしょう?

私は、危険に投資する女なの」


微笑む。


「だから、同じ方向には歩けない」


俺は頷いた。


理屈では分かる。

感情は——飲み込む。



彼女はゴールドファイルのバッグを肩に掛け、振り向かずに歩き出す。


数歩進んで、立ち止まる。


「それもまた人生よ」


片手を上げる。


振り返らない。

それが彼女の礼儀だった。


クールに見えて——

その背中は、少しだけ震えていた。


「アバよ、可愛い男たらし」


俺は無理に笑う。



後で知る事になるのだが


彼女は先週、著名企業オーナーの御曹司と見合いをしていた。


先方は是非とも、真以子を望んでいるらしい。


一橋卒、日銀勤務。

洒脱で優しげな男。

絵画展での入賞常連

テニスサークル所属。


そして真以子の両親は、大いに乗り気だ。


彼女の父は経産族議員。

選挙ではいつも苦戦している。


だからこそ、

金を持ち、選挙にも役立つ家と縁戚関係になることを

以前から望んでいた。


僕は国家に属している。

だが、彼女は国家とは別のモノに属していた。


中々うまくいかないものだ。

僕は報告書を打ち込みながら、

天井ではなく、モニターの黒い画面を見つめた。

そこに映る男は、少しだけ他人に見えた。


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