2-5 初めて気付かされる変化
その日の夜。
果奈はベッドに腰掛け、美生と電話をしていた。
「こんな時間に電話してごめんね」
「ううん、全然大丈夫。どうしたの?」
一瞬、言葉を探してから、小さく息を吸った。
「ね……私、最近ね」
「彼氏ができたの」
電話の向こうで、ほんの一拍。
「……そうなんだ。おめでとう」
「え、反応薄くない?」
「もしかして、知ってた?」
「うーん、知ってたっていうより……」
「最近の果奈ちゃん、なんだか雰囲気が違ったから」
「そんなに分かりやすかった?」
「浮かれてるっていうより、明るくなった感じかな」
「前から明るかったけど、さらにっていうか」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
自分では気づかないうちに、そんなにも変わっていたらしい。
「……今日ね」
「その人に、お弁当作ったの」
「果奈ちゃんが料理?珍しいね」
「それで、どうだったの?」
「……大失敗」
昼休みの光景が、鮮明によみがえる。
「味付け、完全に間違えちゃって」
「しょっぱくて……自分で食べてびっくりした」
「もう、慣れないことしなきゃよかったって思った」
一度言葉を切ってから、続ける。
「でもね……」
「その人、何も言わずに食べ始めて」
「結局、全部食べてくれたの」
「……全部?」
「うん」
「しかもね、食べ終わったあと」
「“この味、覚えた”って言って」
「覚えた?」
「“次に作ってくれたとき、どこが成長したか分かるでしょ”って……」
思い出しただけで、胸の奥が熱くなる。
あの時は、嬉しすぎて顔を上げられなかった。
「……すごいね」
「その人、相当優しいんじゃない?」
「……うん」
自分のことのように言われて、また少し嬉しくなる。
「よかったね、果奈ちゃん」
「ありがとう」
「……ねえ、美生は?」
「気になる人とか、いないの?」
「今は特にいないかな」
「それより、その彼氏って……私の知ってる人?」
一瞬、迷ってから答える。
「うーん……」
「ちゃんと話すときが来たら、言うね」
「分かった」
果奈は、しばらく黙ってから、静かに言葉を紡ぐ。
「私、好きな人と一緒に過ごしてから……毎日が少し違うの」
「違う?」
「付き合う前が、つまらなかったわけじゃないよ」
「美生と過ごす時間も、すごく楽しかった」
「でも……」
一呼吸置く。
「今はね」
「1日1日が、ちゃんと特別に感じるの」
「……うん」
「一緒にいるだけで笑っちゃったり」
「ちょっとしたことで涙が出そうになったり」
「自分が、こんなふうになるなんて思ってなかった」
言葉にしながら、自身も驚いていた。
恋をして、相手だけじゃなく――自分自身のことも知っていく。
「……だからね」
「今の気持ち、大事にしたいって思ってる」
少しの沈黙。
そして、電話越しに美生が笑った。
「ごめん、笑っちゃった」
「ちょ、ちょっと!何で笑うの!」
「だって……」
「話してる果奈ちゃん、すごく幸せそうなんだもん」
「……もう」
「応援するよ」
「2人とも、うまくいくといいね」
「ありがとう」
「私も……頑張る」
眠気が押し寄せてきて、大きくあくびをする。
「ふぁ……おやすみ、美生」
「おやすみ。また明日ね」
通話が切れ、スマホの画面が暗くなる。
部屋に、静けさが戻った。
——その静けさの中で。
美生はベッドに横になり、目を閉じる。
果奈ちゃんの声は、最後まで明るかった。
確かに、幸せそうだった。
けれど――
“彼氏”という言葉を思い出した瞬間、
胸の奥に、ほんのわずかな違和感が残っていることに気づく。
理由は分からない。
考えようとすると、はぐらかしたくなる。
それが、ただの勘違いでは済まなくなる日が、
思っているよりも近いことを――まだ、知らないまま。




