2-1 初めてのお出かけ
週末。
部活を終えて家に帰ると、駿はいつもより念入りにシャワーを浴びた。
果奈との、初めての“お出かけ”。
汗の匂いひとつ残したくなくて、何度も髪を洗い、鏡の前で服を合わせる。
「……どれが正解なんだ」
悩んでいると、背後から声がした。
「兄さん、なんか今日やけに気合入ってるけど、何かあるの?」
振り向くと、結が腕を組んで立っている。
「ちょっと良い?」
「良いけど」
「今着てるのと、こっち、どっちがいいと思う?」
結は一瞬無言になってから、深くため息をついた。
「それを妹に聞く?」
「……変か、変じゃないかだけで良いから」
「だったら美生姉さんに聞けばいいでしょ」
一瞬、言葉に詰まる。
「いや、別にそこまでじゃ……」
「じゃあもう知らない」
ぷいっと背を向けて、結はその場から離れて行った。
結局、散々迷った末に自分で決めて家を出る。
胸の奥が、落ち着かない。
待ち合わせ場所に着くと、時刻はまだ14時半を少し過ぎたところだった。
「……早すぎたな」
そう思って顔を上げた瞬間、視界に入った人影に息が止まる。
「……果奈?」
白いバックリボンのニットに、柔らかく揺れるスカート。
制服しか見たことのなかった彼女は、別人みたいで——いや、同じなのに、やけに近く感じた。
「駿!? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ。待ち合わせ、3時でしょ?」
果奈は少し視線を逸らして、指先をぎゅっと握る。
「駿なら、絶対早く来ると思って」
一拍置いて、小さく続けた。
「……それに、早く会いたかったから」
胸が、音を立てて跳ねる。
「ありがとう」
まっすぐに、そう言う。
「果奈が楽しみにしてくれてたって分かって、俺も嬉しい」
果奈は何も言わず、ただ頬を赤くしてうつむいた。
ショッピングモールに入り、最初に向かったのは有名なカフェだった。
女性客が多く、自分がここに居ても良いのかと感じてしまう。
「ここのショートケーキ、ほんとに美味しいの」
「でもチーズケーキも好きだし、季節限定も捨てがたいし……」
迷いなく語る果奈を見て、いつの間にか緊張がほどけていた。
「本当に好きなんだな、甘いもの」
「あ、ごめん……つい」
「いいよ。そういう果奈、初めて見たし」
一瞬、言葉を選んでから。
「……可愛いと思った」
果奈は耳まで赤くして黙り込む。
注文したケーキが運ばれてくると、果奈はすぐに写真を撮った。
宝石みたいなメロンケーキ。
でも、それを見つめる果奈の表情の方が、ずっと眩しかった。
そして、自分が注文したショートケーキを口に運ぶ。
「……美味しい」
「でしょ?」
「うん、このショートケーキ、凄く美味しい」
「そう、満足してくれたみたいで良かった。私もいただきます」
果奈がケーキを口にした瞬間、幸せそうに目を細める。
「ねえ、果奈」
少しだけ迷ってから、口を開いた。
「無理だったらいいんだけど……一口、もらってもいい?」
果奈は一瞬、固まる。
「ごめん、変なこと言った」
「……いいよ」
「え?」
「……その、端っこなら」
手が震えそうになるのを堪えて、そっとフォークを入れる。
口に運ぶ。
「……どう?」
「……甘くて、美味しい」
本当は、味なんて分からなかった。
「ショートケーキも少し食べてみる?」
「うん」
果奈が同じように一口食べて、静かに言う。
「……美味しい」
その声は、さっきより少し小さかった。
店を出た後、しばらく黙って歩く。
「……駿」
果奈が名前を呼ぶ。
「どうしたの、早川さん?」
しまった、と気づいた瞬間。
「果奈、って言ってるでしょ」
頬を膨らませて、睨まれる。
「次そう呼んだら、帰るからね」
「……気をつけます」
「絶対だからね」
そう言った果奈が、くすっと笑う。
「でもね」
「さっきのモヤモヤ、なくなった」
「駿と話してたら、安心した」
「俺も」
「果奈が笑ってくれたから」
ぎこちなさは、少しだけ和らいでいた。




