1-2 謎の違和感
駿は、ついさっき告白が成功したという事実を、まだうまく受け止めきれずにいた。
――「……いいよ」
あの時の早川さんの声が、頭の奥で何度も再生される。
嬉しいはずなのに、どこか現実味がなくて、胸の奥が落ち着かない。
(……本当に、付き合うんだよな)
誰にも言えない秘密を抱えているみたいな、むず痒い余韻。
その感覚を引きずったまま家に着き、居間へ向かう。
すると、台所から、妹の結が顔を出す。
「おかえり、兄さん」
更にその後ろから、黒髪のボブを揺らして幼馴染の島内美生が姿を現す。
「駿君、おかえり。今日の夕飯、肉じゃがね」
いつもと変わらない、柔らかな笑顔。
――なのに、ほんの一瞬だけ、どこか硬い気がした。
気のせいだ。
そう思おうとして、なぜか胸がざわつく。
「ただいま。ちょっと色々あって疲れた。腹ペコ」
「今日、部活なかったよね? 帰り遅かったけど、何かあったの?」
ただの、幼馴染としての気遣い。
いつもなら、何も感じないはずなのに。
「寄り道してただけ」
告白のことは言えず、話を流す。
3人で夕飯の準備を済ませ、食卓についた。
「美生姉さん、あとで数学教えてもらってもいいですか?」
「いいよ」
「たまには俺が教えようか」
「兄さんよりも美生姉さんの方が成績良いから、結構です」
遠慮のない一言が、地味に刺さる。
「結ちゃん、そんな言い方しちゃダメだよ。駿君、頭は良い方なんだから」
美生が困ったように笑って、自然にフォローする。
昔から、場の空気を読むのが上手い人だった。
それが“いつもの美生”で、安心できる理由でもある。
「はーい。ほんと、兄さんと美生姉さんって夫婦みたい」
「結、冗談もほどほどにしろ」
「もう、結ちゃんったら」
美生は軽く受け流すだけだった。
必要以上に反応してしまった自分との差が、なぜか引っかかる。
夕飯後、結の勉強を一通り見てから、美生は帰り支度をする。
「じゃあ、また明日ね」
穏やかな笑顔。
その背中を見送っても、胸は波立たなかった。
――それが、少しだけおかしい気がした。
(……安心するはずなのに)
説明できない違和感だけが、胸の奥に残る。
風呂を済ませた後、親友の鈴木直己に電話をかけた。
「そういや駿、早川さんに告白したんだろ?」
「いきなりその話かよ」
「で、どうだった?」
「……成功、した」
「マジかよ!? あの早川さんが!?」
「俺も驚いてる」
「ついに彼女持ちか〜。羨ましいぜ」
「絶対、学校で言うなよ。命に関わる」
早川さんは学校の女子の中でもトップクラスに人気があり、噂では、同じ日に3人から告白されたこともあるらしい。
その現実が、少しだけ夢を遠ざける。
「俺もさ、そろそろ島内さんにアタックしようと思ってる」
「本気だな」
「当たり前だろ」
直己の声は真剣だった。
――それでも、胸は何も反応しない。
その事実だけが、妙に心に残った。
「俺も協力するよ」
「ありがたいけど、これは自分でやりたい」
「そっか。応援してる」
「サンキュ」
電話を切る頃には、夜はすっかり深まっていた。
ベッドに潜り込み、天井を見つめる。
明日から、早川果奈と付き合う。
それだけで胸が熱くなる。
――なのに。
(……なんだ、この引っかかり)
胸の奥に残る、名前のつけられない違和感。
それが何なのかを知るのは、ずっと先の話。この時の俺は、まだ知らなかった。




