3-4 決心は後の後悔へと
美生は、いつものようにスーパーで買い物を済ませ、駿君の家へ向かった。
けれど、その足取りは、いつもよりもずっと重い。
昼休みのことが、頭から離れなかった。
廊下で友達と話していたとき――
駿君と果奈ちゃんが、慌てた様子で走り去っていくのを見た。
ただならない空気だった。
そして後から知った騒動。
クラス中に広がった噂。
――二人は、彼氏と彼女らしい。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく揺れた。
けれど、すぐに微笑んだ。
よかったね、と。
本当に、そう思ったはずなのに。
駿君の家に着くと、玄関に見慣れた靴があった。
ほっとする気持ちと同時に、不安が強くなる。
急いで居間へ向かうと、結ちゃんが不貞腐れた様子でテレビを見ていた。
「結ちゃん、駿君は?」
「部屋にいます。……学校で何かあったんですか?」
まっすぐな問い。
「ちょっと、揉め事があってね」
「兄さんが?」
「うん」
結ちゃんは眉をひそめる。
「珍しいですね」
「ほんと、そうだね……」
本当のことは、言えなかった。
あの二人の関係を、自分の口から語る資格はない気がした。
夕飯を作り終え、駿君の部屋の前に立つ。
「駿君、夕飯できたよ」
返事はない。
「駿君?」
沈黙。
胸がざわつく。
「駿君」
ノックとともに、名前を呼ぶ。
しばらくして、ようやく声が返ってきた。
「……後で食べるから、そのままにしておいて」
低く、力のない声。
「一緒に食べようよ。冷めちゃうよ?」
わざと、明るく言う。
「ありがとう、美生。でも……今は一人にしてほしい」
その一言で、十分だった。
ああ、相当落ちてる。
「……分かった」
それ以上は踏み込まない。
踏み込めない。
居間に戻ると、結ちゃんが顔を上げた。
「兄さん、どうでした?」
「まだ落ち込んでるみたい。先に食べよっか」
二人きりの食卓は、少しだけ広く感じた。
「結ちゃんも、心配なんだね」
「まあ……あそこまで落ち込んでる兄さん、久しぶりですから」
少し照れたように、結ちゃんは言う。
「妹として、放っとけないだけです」
その言葉に、小さく笑った。
「優しいね」
「別に優しくは無いです……」
結ちゃんは視線を逸らす。
「……あ、話変わるんですけど、また勉強教えてくれます?」
「うん、いいよ」
夕飯のあと、勉強を見て、家へ帰る。
外に出ると、雨が降っていた。
昨日から、ずっと止まない雨。
帰り道、考えるのはやっぱり、二人のことだった。
(駿君も傷ついてる。でも、きっと果奈ちゃんも)
胸が、少しだけ痛む。
(でも……)
ほんの一瞬、思ってしまう。
もし、私だったら。
すぐに、その考えを振り払った。
(ううん)
果奈ちゃんの彼氏が駿君で、よかった。
本当に、そう思う。
二人がまた、いつもみたいに笑えるように。
幼馴染と親友が、変わらず並んでいられるように。
私が、頑張らなきゃ。
――その優しさが。
誰の救いになって、
誰を一番傷つけるのか。
まだ、知らない。
雨は、止む気配がなかった。




