3-3 抜け出せない絶望
放課後のチャイムが鳴ったあとも、駿はしばらく席を立てずにいた。
大会が近い。
本来なら、迷わず部活へ向かう時間だ。
けれど――
胸の奥が、ずっとざわついたままだった。
ラケットを握る自分を想像する。
集中できない。
この状態でコートに立てば、きっと足を引っ張る。
……それだけは、したくなかった。
そして、立ち上がり、教員室へ向かった。
顧問の今江先生を見つけ、声をかける。
「今江先生……すみません」
「今日、体調が悪くて。部活、休ませてください」
自分でも分かる。
声に、まるで力がなかった。
今江先生は一瞬、顔をじっと見たあと、静かに頷く。
「……分かった」
「今日は無理するな。早く休め」
それだけだった。
けれど、その視線は――
すべて見抜いているようで、少しだけ、優しかった。
「……ありがとうございます」
頭を下げ、学校を後にする。
家に帰ると、誰もいなかった。
玄関を閉めた瞬間、
校内のざわめきが嘘だったみたいに、静寂が押し寄せる。
自室に入り、制服のままベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめる。
そして、左腕で目を覆った。
――もし、あのとき。
迷わず、果奈のところへ行けていたら。
果奈は、泣かずに済んだんじゃないか。
考えたくないのに、思考は止まらない。
時間だけが、無意味に過ぎていく。
やがて、玄関が開く音がした。
その音さえ、どこか遠く感じる。
「ただいまー」
「兄さん、いるの?」
結の声。
返事をする気力が、湧かなかった。
「……兄さん?」
「いるんでしょ、返事くらいしてよ!」
足音が近づき、ドアの前で止まる。
「……どうしたの」
「学校で、何かあったの?」
いつもなら、素っ気ないはずの声。
今日は、はっきりと心配が混じっていた。
それが、余計に胸に刺さる。
「……何にもない」
短く、突き放す。
「……ふん」
「もういい。兄さんなんて、知らない」
そう言い残して、部屋の前から離れる。
その足音が、やけに大きく響いた。
再び、静かになる。
聞こえるのは、時計の秒針の音だけ。
カチ、カチ、と。
それはまるで――
何かを失ったことを、何度も何度も、突きつけてくるみたいだった。




