3-1 訪れる不穏
次の日。
昨夜ほどではないものの、雨はまだ静かに降り続いていた。
校舎に入ったところで、スマホが震える。
果奈からのLINEだった。
『ごめんね』
『昼休み、用事ができて一緒に食べられない』
一瞬、画面を見つめたまま指が止まる。
仕方ないか、と自分に言い聞かせるようにして、
『分かった』
短く返した。
昼休み。
果奈のいない教室は、思ったよりも広く感じた。
「直己、今日一緒に昼食べない?」
「いいけど……今日は大丈夫なのか?」
「あっち、用事できたみたいでさ」
「そっか。てか、こうして二人で食うの久しぶりじゃね?」
「そういえばそうだな」
「……確かに」
直己と他愛のない話をしながら食べる昼は、悪くなかった。
果奈と過ごす昼とは違う、気楽さがある。
――たまには、こういうのもいい。
そう思い始めた、その時だった。
直己とトイレに向かおうとすると、途中で女子の大きな声が聞こえてくる。
「だから、何もないって言ってるじゃないですか!」
廊下に、張り詰めた声が響いた。
嫌な予感がして、声の方へ向かう。
そこには、周囲の生徒たちが、距離を取りながら集まっていて、中心に果奈の姿があった。
「じゃあ、これはどういう事なんだよ」
男子生徒が、スマホの画面を突きつけている。
辛島蓮――問題を起こすことで有名な先輩だ。
画面には、昨日。
果奈と並んで歩く後ろ姿が写っていた。
「たまたま一緒になっただけです……」
「二日連続で、か?」
果奈の声が震える。
「俺が告白した時、付き合ってる人はいないって言ってたよな?」
言葉が、刃物みたいに突き刺さる。
果奈の瞳に、涙が溜まっていく。
助けなきゃ。
そう思うのに、身体が動かない。
怖い。
この場に踏み込んだら、どうなるか分からない。
「どうなんだよ! 付き合ってるのか、違うのか!」
果奈の唇が、かすかに震えた。
「……助けて……」
その声を聞いた瞬間だった。
足を縛っていた何かが、外れた。
気付けば、果奈の前に立っていた。
「誰だよ、お前」
辛島先輩が睨みつけてくる。
喉が詰まる。
心臓がうるさいほど鳴っている。
それでも、口は動いた。
「……果奈の、彼氏です」
場の空気が、凍りついた。
辛島先輩の目が細くなる。
「お前が、あいつと一緒に帰ってた奴か」
「ちょうどいい。今から二人で――」
「果奈」
先輩の言葉を遮って、声をかける。
「大丈夫?」
果奈が、ゆっくり頷く。
「行こう」
手を伸ばした、その瞬間。
「おい!」
背後から、怒号。
振り向く暇もなく、拳が迫る。
反射的に、果奈を背中に庇った。
――来る。
そう思って目を閉じたが、衝撃はなかった。
「やめろ、辛島」
低く、落ち着いた声。
目を開けると、辛島先輩の腕を誰かが掴んでいた。
茂木悟。
空手部部長で、校内でも有名な三年生だ。
「離せよ!」
辛島先輩が暴れても、腕は微動だにしない。
「君」
茂木先輩が、こちらを見る。
「早く、彼女を連れて行きなさい」
「……ありがとうございます」
果奈の手を握る。
冷たくて、少し震えていた。
そのまま、振り返らずに走った。




