第96話 初めてダンジョン
ダンジョンの入り口は、洞窟の入り口に巨大な木の扉がついたような感じのものだ。この重厚な木の扉は、中から魔物が暴走する『スタンピード』という現象が起きた時に閉められるように、頑丈に作られている。そして、その外側には丸太でできた二重のバリケードもある。
ちなみに、金属の扉を作ってもダンジョンに拒否をされる。まるっと飲み込まれてなくなってしまうのだ。
中に入ると、そこは安全な広場になっている。天井が光っているので明るさは充分だ。
そこから奥へと一本の道が伸びていて、しばらく進むと短い階段があり、そこを降りるといよいよ魔物が現れてくる。
広場の右手には、十か所ほど壁に穴が開いている。これは一方通行の穴で、こちらからは入れないのだが、向こうからこの広場に入ることができる。
このダンジョンは十階ごとにボスモンスターがいて、倒すとボス部屋の隣りにある転送出口のある部屋に入ることができるのだ。そして、壁に開いた穴を抜けるとワープして、この広場に到着する、というわけだ。
トーリは『ゲームをやっている時にはそういうものだと思っていましたが、ダンジョンってなんなのでしょうね。意思を持っているみたいだし、妙に便利な仕組みがあるし、不思議です』と思った。
この時間は、ダンジョンに挑む冒険者が次々とやって来る。ボスモンスターを倒しても、階層を飛び越して行けるようにはならないので、皆ここを通らなければならない。
トーリたちは通行の邪魔にならないように、広場の端に寄った。
「トーリは、なんの武器を使うんだ?」
デリックが尋ねた。
「弓で行こうと思っています」
「いい選択だ」
浅い階層には障害物が少ないため、遠距離からの弓攻撃がしやすいという話を聞いていた。
ミカーネンダンジョンのいわゆる『浅い層』は、十階までとなる。
一階から五階はそれほど強い魔物は出て来ないが、階層ごとにかなり環境が違うため戸惑う冒険者も多い。
今日、トーリたちがまずチャレンジするのは、石造りの迷路のような一階だ。
斥候のリシェルはトーリに説明してくれる。
「あらかじめ調べて来たと思うけど、最初のうちに出てくるのは普通のゴブリンになるわ。一階だとゴブリンが一匹、多くても二匹しか出て来ない」
ゴブリンは、攻撃力で言えば、Fランクの冒険者でも倒すことができる強さだという。
「気をつけなくちゃいけないのは、ゴブリンはトカゲゴブリンとは違って人に近いということよ。つまり、二足歩行して知性があるし、表情もある。笑ったり怒ったり驚いたりするのよ。だから、攻撃することに忌避感を抱く冒険者も見られるわね」
「……人を殺しているような気分になる、ということですね」
「そうよ。でもゴブリンはやっぱり魔物。切っても血は出ないし、倒せば身体は消え去って魔石が残るだけ。まがいものに惑わされないようにね。ためらうと命取りになるから」
「わかりました」
「それじゃあ、進むね」
このあたりにはまだ罠もない。
リシェルは先頭に立って道を進み、三〜四人が並べるくらいの広い階段を降りた。
「ここをまっすぐに進むとさらに下に降りるための階段がある。ダンジョン初心者以外はこの階に用はないからね。で、左にある道を進むと、ゴブリンに会えるわ」
リシェルはそう言って、左手の道を進んで行く。
「わかる?」
「はい」
「す」
トーリもリスも、気配察知で魔物の存在を感じ取っていた。
「待ち伏せ……は、していないみたいですね。姿を隠そうとせずに、うろついています」
「この階のゴブリンは、頭を使った戦闘はできないわ」
トーリは背中の弓を手に取ると、リシェルを追い越して進み曲がり角を曲がって、流れるような仕草で魔力の矢を放った。
矢はゴブリンの眉間を貫き、魔物の身体はそのまま煙のように消えた。
「ナイスショットね」
リシェルがパチパチと手を叩いた。
「魔石が落ちました」
「す」
トーリは『本当に消えるんだな。煙みたいに見えたのは魔力なのかな?』と思いながら、魔石を拾った。
「ほじくり出す手間が省けていいですね」
「確かにな。その点はダンジョンが便利だ。ただ、ドロップ品以外は素材が手に入らないのが難点だな」
デリックは「その代わり、落ちる時にはいい素材や、運がいいと武器の入った宝箱がドロップすることもあるんだ。魔物から出る宝箱には罠はないから、落としたらすぐに開けて大丈夫だぞ」と解説してくれた。
「このまま何匹かゴブリンを倒してみる?」
「はい。今度はナイフを使ってみます」
気配察知が得意なトーリは、ナイフを持って小走りで進むと曲がり角にいたゴブリンの喉をサクッと切り裂いた。核を壊されたゴブリンは即座に絶命し、煙となって消えた。
「ダンジョンが煙を吸い込んでますね」
「す」
彼が魔石を拾う時には、いつものようにリスが周囲を警戒する。その様子を見守っていた『烈風の斬撃』のメンバーは「安定してるわね。問題なく倒せてるわ」「気配察知が使えるのは大きいよなあ」「しかも、リスまで使えるときた」とトーリを評価する。
「……お姉ちゃんの出番はまだか」
約一名、関係ないことを言っている。
「戻って下に降りましょう。もちろん、ゴブリン二匹でも大丈夫よね? 森ではどんな感じで狩ってたのかしら」
「ドクヒョウなら、十匹の中に突っ込んでも平気でした」
「うっわ。ちょっと引くわ」
顔を引き攣らせたのはマグナムである。
「なんでそういう危ないことをしたんだ?」
「どこまで動けるかの確認ですよ。ちなみに、余裕を持って全滅できました。もちろん無傷です」
「……ふうん、そうなのね。あとでゴブリンがたくさん集まった部屋、いわゆるモンスターハウスに連れて行ってあげるから、トーリくんの『死の舞踏』を見せてちょうだいね」
リシェルにカッコいいことを言われたトーリは、笑顔で「はい!」と答えた。
危なげなく二階のゴブリンを倒して、三階に降りたトーリは、リシェルに連れて行かれたモンスターハウスで、風魔法をまとわせたナイフを使って見事に踊ってみせた。
「すごいすごい」
「トーリは芸達者だな」
あっという間に喉を裂かれて十匹ゴブリンが消え去ったので、リシェルとマグナムは手を叩いて賞賛した。
デリックは「これは文句なしの合格だな」と頷く。
「わたしもできるぞ。さあ、向こうにもモンスターハウスがある、見るがいい!」
なぜか対抗心を燃やすイザベルが、ゴブリンの群れに飛び込んで拳でめちゃくちゃに殴りまくった。
全身に汁をつけて「どうだ?、お姉ちゃんもできたぞ」と胸を張る残念エルフに、トーリは「臭くなっちゃいますよ、なにやってるんですか」と全身の浄化をしたのだった。




