第91話 一流採取師
トーリとベルンは買取り所を出ると、薬師のベルナデッタの店に向かった。
「ベルナデッタさん、こんばんは」
入り口の呼び鈴を鳴らすと、すぐに返事が返ってきた。
「まあ、トーリさん。ようこそいらっしゃいました、扉を開けるのでお入りくださいね」
「はい、お邪魔します」
店に来るのに、よそのお宅を訪問するのと同じくらいに丁寧なトーリに、その様子を遠くから伺っていたベルナデッタは笑いを漏らす。
そして、お客様を迎えるのと同じくらいに丁寧な対応をしようと、お茶の支度を始めた。
ベルナデッタが店に行くと、トーリは籠の中にいる小鳥と話していた。
この作り物の鳥の中にはベルナデッタの使い魔であるシアンがおさまっているのだ。彼らは何度かこの店に顔を出すうちにこの使い魔と仲良くなっていた。
ベルナデッタ以外の人間とは交流を持ちたがらないシアンも、トーリとリスのベルンだけは気に入っていた。
今日も「す!」『ごめんなさいね、ベルン。わたしは木の実を食べられないの』「す……」『それじゃあ、ちょっとだけ突いてみようかしら……あら、穴が空いただけだわ』「す」『ええ、ベルンが代わりに食べてね』などというほのぼのしたやり取りを楽しんでいる。
ちなみに今日は、クッキーなら食べられるかもしれないと考えたベルンがコリスクッキーを勧めて、砕けるだけだったのでがっかりしている。
シアンは、食べることができなくても、リスの優しい気持ちをたくさん受け取ったので、作り物の羽が艶々になっていた。
「こんばんは、トーリさん。軽くお茶を召し上がる時間はおありかしら?」
お盆にお茶とお菓子を載せて現れたベルナデッタに、トーリは「お気遣いいただいてしまって、申し訳ありません」と頭を下げた。
テーブルに座って香り高いハーブのお茶を飲んで、彼は言った。
「もう夕方なのに訪問したのには、訳があるんですよ。これをベルナデッタさんにお渡ししようと思いまして」
トーリはマジカバンから植物を取り出した。
「見返り草を二本、普通の森……ええと、迷いの森じゃない方の森ですね、あそこで見つけたんです」
「まあ、見返り草ですって!」
彼女は見返り草を嬉しそうに受け取った。
「二本ともわたしにお譲りくださるの?」
「はい」
「ありがとうございます」
「それからですね、ドクヒョウの群れを追いかけていて、解毒の実の群生地を見つけたので、けっこうな量を集めてきたんです。ギルドの方にも卸したんですけど、ベルナデッタさんもお使いになりますか?」
「もちろん、使いますわ。そちらもお譲りいただけますの?」
「はい。ベルナデッタさんの分もたくさんあるので、マジカバンに直接送った方がいいと思いますよ」
「すぐに持ってきますね!」
ベルナデッタは奥の部屋に行くと、笑顔で自分のマジカバンを持ってきた。
「ちょうどよかったわ、解毒剤をたくさん作る急ぎの仕事が入ったのよ。材料集めをしないで済むから、徹夜しないでできそうだわ」
『徹夜は駄目よ、ベルナデッタ』
鳥籠の中にいる、作り物の小鳥が囀った。
『身体に悪いしお肌にも悪いわよ。そして、友達に心配をかける羽目になるからおよしなさいね』
「そうですよ、無理はいけません」
トーリから見ると、ベルナデッタは若いお嬢さんなので、諭すように言った。
「若いからといって無理をすると、気づかないうちに疲労が蓄積して身体を壊すことになります。とはいえ、責任感の強いベルナデッタさんのことですから、ギリギリまでがんばりがちなんでしょう? 僕にできることがあればなんでもしますから、ご自分を労わりながらお仕事してくださいね」
「す、す」
リスにまで釘を刺されて、ベルナデッタは呆気に取られた顔をしていたが、やがて噴き出した。
「トーリさんったら! わたし、お父様に叱られたことを思い出してしまいましたわ」
トーリが『この世界では結婚が早そうだし、年齢的に、アラフォーの僕はお父さんポジションかも……』と思い「そうですね、ベルナデッタさんは娘のように大切に思います」と重々しく言うものだから、彼女は本格的に笑い出してしまった。
「そうだ、これはお気に入りの木の実屋さんの新製品になります。コリスクッキーっていうんです。少しですけど、よかったらどうぞ」
「す」
トーリもベルンも、ヘラルたちからクッキーを分けてもらっていたので、トーリは二枚、ベルンは一枚を取り出してお皿に載せた。
「パパからのおやつです」
ようやく笑い止みそうになったのに、トーリが追い打ちをかけたので、ベルナデッタはまた噴き出してしまった。
買取りギルドでも大金を受け取り、ベルナデッタも植物の代金をはずんでくれたので、トーリはお金持ちになっていた。
今日も銀の鹿亭のカウンターで夕飯を食べながら、トーリはベルンに話す。
「この調子だと、あと数日でマギーラさんのところのローンが完済できそうですね」
「す」
残念ながら借金があるので、真のお金持ちではないようだ。
「武器も防具も揃いましたし、いよいよダンジョンに入ってみたいんです。明日、ジョナサンさんに相談して、入場許可証を申請するつもりです」
「す!」
リスがサムズアップして『もちろん、ついていくぜ!』というように頷いた。




