第88話 素敵なクッキー
「木の実マスターとしてのヘラルさんと、小麦粉マスターとしてのアリスさんの力を合わせると、素晴らしいお菓子ができることがわかりました。材料費は僕が援助するので、この木の実のクッキーを販売してみませんか?」
トーリは「僕は商機を見逃さないエルフですよ」と笑った。
「いいんですか? こんなにお世話になっているのに、また援助してくださるなんて」
「ヘラルさん、僕は施しをするのではなく、ヘラルさんとアリスさんの才能に投資するんです。長い目で見たら、僕にとっても利益があるんですよ。だから、遠慮しないでください」
「……はい、遠慮なく援助していただき、トーリさんにたくさんのものをお返しできるようにしたいと思います!」
ヘラルは力強く言った。
「このクッキーのレシピ自体はよく知られたものなんですか?」
トーリが尋ねると、アリスは「そうです。生クリームやバターを使ったのは豪華だと思いますが、ナッツクッキーはよく知られたお菓子です」と答えた。
「となると、このクッキーはブランディング……つまり、ヘラルさんたちのお店でしか食べられない独自のクッキーという、差別化を図る必要がありますね」
「差別化、ですか」
ヘラルとアリスは首を傾げた。
ティアとベルンはお代わりのクッキーをコリコリ食べた。
「この味はおふたりにしか出せないので、そこに価値をつけるんですよ。そうですね、まずは特別な名前をつけてみましょうか。お店のマークを考えるのもいいですね」
「コリスも大好きコリコリのコリスクッキー!」
ティアが元気よく言った。
「す! す!」
ベルンも大賛成のようだ。
「コリスクッキー……とても可愛らしいなまえだわ」
「美味しそうな響きのクッキーです」
アリスとヘラルも感心したように言った。
ベルンは「す!」ととても得意そうだ。
「この木の実の美味しさは、ベルンが見出したようなものですから……うちのリスが出張って恐縮ですが、もしよければコリスクッキーにしちゃいましょうか?」
「とてもいいと思います。お店のマークも、ベルンちゃんをモデルにして作りたいのですが」
アリスがそう言うと、ベルンは彼女の肩に飛び乗って「すっ、すっ」と嬉しそうに飛び跳ねた。
とても喜んでいるようだ。
「わかりました。となると、僕もこれまで以上にヘラルさんたちを応援していかないと、ですね。ヘラルさん、商業ギルドには登録してありますよね?」
「もちろんです。ちゃんと露天を出す届けもしてあります」
「では、お店のマークをデザインして、『コリスクッキー』という商品名と共に届け出をしましょう。念の為にバターや生クリームを入れたレシピについても登録して権利を主張しておきましょう。トラブルを避けるためにね。このクッキーを販売するのは準備が整ってからの方がいいですね。マークはセンスがある人にデザインしてもらいたいものですが……センスがいいとなると……」
「マギーラさん。こんにちは。ちょっとお願いがあるんですけど」
「す」
焼きたてのコリスクッキーを袋に入れたトーリとベルンは、マギーラ洋品店を訪れていた。
「これはようこそいらっしゃいました、トーリくんにベルンちゃん。このマギーラにどのようなご用でしょうか。ふりふりマシマシなシャツブラウスのお仕立てはいかがですか?」
「いえ、ふりふりは充分間に合ってます。まずは、このクッキーを食べてもらえますか?」
「おやつ持参でいらっしゃるとは、トーリくんもなかなかやりますね。これもモテモテエルフの才覚なのでしょうね。さあ、奥のテーブルにどうぞ。マギーラが特製のお茶をお淹れしますから、少々お待ちくださいな」
お茶を三つ(ベルンの分も、ちっちゃなカップに淹れてくれた。用意してあるとはさすがは商売人である)淹れて座ったマギーラは、勧められるままにクッキーをかじり「ひょうっ!」と椅子から立ち上がった。
「ちょ、ちょ、ちょ、これは高級なクッキーですね! 口の中にふわっと抜ける木の実の香ばしさとそれを包み込むバターの豊かな風味、そして大地の代表のような小麦のふくよかな味わいが相まって、完成した美味しさです」
「すごい! さすがはマギーラさん、味の表現が秀逸ですね!」
「す! す!」
ふたりは手を叩いた。
「ありがとうございます。マギーラ洋品店のマギーラをよろしくお願いいたします。で、これはどちらのクッキーなのですか?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくださいました。実はですね……」
「すっすっす」
ふたりは怪しく笑うと「にゃっ、にゃんの企みにこのマギーラを巻き込もうとしているのですかっ」とあわあわするマギーラに、コリスクッキー販売作戦を説明したのであった。
「マギーラさんはさすがですね! こんな素敵なマークを瞬時に仕上げてしまうなんて、もしかするとスキルをお持ちなのかもしれません」
「す」
「そうしたら、今日中に登録を済ませてしまいましょう」
マギーラ洋品店を出たトーリとベルンは、そんな会話をしながらヘラルたちの元へと急いでいた。
コリスクッキーをとても気に入ったマギーラはトーリの説明を聞くと立ち上がり「こんなに美味しいクッキーなら、すぐに入手困難な大ヒットお菓子になること間違いありませんね。わかりました、このマギーラがお店のマークのデザインと制服のデザイン及び制作をお引き受けいたしましょう! 優先購入権と引き換えに!」と叫んだ。
そして、袋にいっぱいのコリスクッキーを嬉しそうに受け取り、大切そうに戸棚にしまった。あとでゆっくり楽しむのだろう。
彼女は鋭いプロフェッショナルな瞳をベルンに向けてしばらく観察すると、木の実を持った可愛らしいリスのマークを描き上げてトーリに渡した。
「こちらでいかがですか?」
「素晴らしいです! シンプルでパッと目を引くマークからリスの可愛らしさが溢れ出ていますね!」
「さすがはトーリくん、お目が高いですね」
マギーラは「クッキーはいつから販売するのですか? わたしの分を毎日ひと袋分確保してもらいたいので、よろしくお願いしますね」と言って、笑顔で彼らを送り出してくれたのだった。




