第85話 すっかり仲良し
『人の作るお菓子、不思議な味』
『変わってて美味しい』
『お茶もいい香り』
光の球がどうやってカップを持ち、お茶を飲んでいるかは……深く考えない方が良さそうである。彼らは人に似た姿をとることもできるのだが、トーリとベルンには気を許しているため、普段通りの気のおけない姿でいる。
「この蜂蜜は、すごくいい香りがするね。花の香りなのかな?」
トーリが言うと、蜂蜜を持ってきた妖精は照れたようにピンク色の光を放った。
『森の奥の方にある、薄青明日草の花畑の蜂蜜だよ』
「へえ、薄青明日草かあ」
「一日で散ってしまう、とても美しい花を咲かせる草がありますの」
ピピが説明してくれる。
「ハナモグリバチだけが蜜を集めることができますのよ。他の生き物が近づくと、怯えて散ってしまう、とても臆病な花なのですわ」
「ふうん、植物にも性格があるんだね」
「ハナモグリバチは魔物だけど、隠れ住んで蜜を食べて生きている優しい性格だから、もしも出会ってもなるべく殺さずにおいてあげていただきたいわ」
「覚えておくね」
トーリは、このハチが子犬くらいの大きさをしたモフモフした可愛らしい虫だと聞いて、「優しい性格でよかったよ」と笑った。
「優しい魔物はなかなか生き残ることができないから、貴重な種類ですわ。慎重で警戒心が強いので、なんとか生き延びてきたのです」
そう言って、ピピはお茶を飲んだ。
「トーリは、そろそろミカーネンの町に家を建てるのですか?」
「うーん……家を建てる予定はないかなー」
「人は家が必要なのでしょう? もしかして、森の中に建てたいのかしら。よろしければ、迷いの森にトーリの家をお作りになる?」
『作るよー』
『作るのー』
妖精たちは盛り上がったが、トーリは「せっかくだけど」とお断りする。
「僕は、ダンジョンに潜れるようになったら、この町を出ようと考えているんですよ。あっ、丁寧になっちゃった。ええと、いろんな場所に行ってみたくてね」
森の精霊ピベラリウムは、友達が自分から離れてしまうことを知って愕然とした。
「なぜですの? ここはとても良いところですわ、トーリが望むならば、お金になる森の恵みを山ほど差し上げることができます! そうしたら、ミカーネンの町でたくさんのものを買うことができて、やりたいことができて、もう働かなくても楽しく暮らしていくことができますのよ。ねえ、そうしましょう?」
話しながらトーリの近くまで飛んできたピピは、彼のシャツをつかんで揺さぶった。
「だから、どこかに行ってしまうだなんて言わないでくださいまし!」
「……ピピ。そんなに引き止めてくれるなんて思わなかった」
「引き止めるに決まってますわ! だって、トーリはわたしたちの大切なお友達ですもの! こんなに何度もお茶会をして、もう親友ですのよ!」
親友。
その言葉の尊さに、トーリは震えそうになったが。
「ありがとう、ピピ。でも、僕は僕の人生を大事に生きていきたいんだ。やりたいことは全部やって、経験を積んで、いろんなものを見てみたい。まずは旅行をしてみたいんだよね」
トーリは日本にいた時に、旅行というものをほとんどしたことがなかった。
彼の存在を知っている場所ならば、彼の顔がどんなに怖くても、突然犯罪を犯すようなことはないと理解されていた。
だが、他の場所は違う。
出かけるとまず、職務質問に引っかかりまくる。
そして、たとえ小学生であっても、その土地を出るまで要注意人物として警察に周知される。なんなら、見張られている。観光などとんでもないのだ。
あまりにも支障をきたすということで、修学旅行などの宿泊学習にはいっさい連れて行ってもらえなかった。
たった一度だけ参加した遠足も、バスから降りることができなくなった。
トーリは自分のせいで、級友のイベントが崩壊してしまうことを知った。
そんなトーリは、町から町へと旅をしてクエストをこなすゲームに夢中になった。仲間と出会い、知らない風景に感動し、様々な新しい体験をする……画面の中の旅行を楽しみながら、彼は寂しさを感じていた。
だが、彼は生まれ変わったのだ。
風間桃李だった頃にはできなかったことが、エルフのトーリならできるのだ。
「もちろん、僕はこの場所が大好きです。僕はエルフという長寿の種族なのだから、またここに戻ってきますよ。これきり縁が切れることはないんです」
「……トーリ、言葉使いが戻ってますわ」
「ピピも妖精さんたちも大切な友達で、大好きだよ。だから僕のことを笑顔で見送ってくれると嬉しいな。あっ、すぐに出発するわけじゃないからね。ここでやりたいことはまだあるからね」
「……仕方がありませんわね。トーリはまだ小さな男の子だから、冒険したくて仕方がないのでしょう」
「いや、おっさんだよ?」
お茶会が終わったトーリは、草原の奥までひとっ走りするとその辺にいた魔物を倒してマジカバンに収納した。『軽く狩りをしてきました』ということにするためだ。
「カタコブイノシシも倒しておこうかな」
彼は遠くの方に見えたカタコブイノシシに向かって魔力の矢を射った。怒ってこちらに爆走してきたイノシシをかわして、ナイフで喉を切り裂く。
倒れたイノシシをマジカバンにしまって、今日の狩りは終了にした。




