第84話 今日は内緒で
午前中に買い物をしたトーリは、昼食を屋台の食べ物で軽く済ませてからダンジョン都市の正門を出る。
入ってくる時と違い、出る時には門番のチェックはほぼない。顔馴染みの冒険者なら尚更だ。
「こんにちは」
「す」
「こんにちは、トーリとベルン」
門番は、顔を合わせるたびに笑顔で挨拶をするトーリに好印象を抱いていたが、日に日に実力をつけていく彼がとんでもないことをやらかす自由奔放さを持っていることにも気づいていた。
「これから狩りか? 今日はずいぶんとゆっくりなんだな」
「必要なものをいろいろ揃えてたんですよ。軽く身体を動かすくらいに狩ってきます」
「そうか。くれぐれも無茶をしないで、適正な場所で活動するように。気をつけて行ってこいよ」
「はーい」
「リスも、安全にな」
「すー」
トーリとリスは片手をあげて返事をすると、門から出て草原の方へと走った。そして、町から見えない距離に来ると方向を変えて、「門番さん、心配かけてごめんなさーい」と迷いの森に向かってスピードをあげた。
「ピピさん……じゃなくて、ピピ。いる?」
トーリは森に足を踏み入れると、仲の良い森の精霊に声をかけた。
「おやつを買って来たよ。あと、花の香りがする新しいお茶と、炒った木の実もあるんだ」
「す」
木の実はベルンの好みである。
ちなみに、彼がピぺラリウムの呼び方を直したのは、彼女が「わたしたちはもう何度も一緒にお茶をいただいた仲ではありませんか。なのに、そのような他人行儀な呼び方をなさってはいけませんわ」と膨れて、呼び捨てにすることと話し方をフレンドリーにすることを要求したからである。
「まあ、トーリ! いらっしゃいませ!」
ものすごい勢いで、背中に羽の生えた小さな女の子が飛んできて、トーリの前で急ブレーキをかけた。きちんと止まらないと、トーリにぶつかって鼻を酷く打ちつけてしまうのだ。
「さあ、奥へ参りましょう。泉のほとりでお茶会を開こうと、妖精たちがはりきっておりますのよ」
ピピが丁寧な口調で話すのは、これは精霊としてのアイデンティティに関わることなので仕方がないのだそうだ。
トーリは森の精霊の案内で、お茶会の会場へと進んでいく。茂みが左右に開いて道を作り、彼を誘導するのだ。
冒険者ギルドでは、迷いの森での狩りは推奨していない。というのは、この森は入った者の方向感覚を失わせるようなのだ。浅いところならともかく、奥の方に進むと戻ってくるのにかなり難儀をする。
それは妖精がたくさん住んでいるせいか、精霊の力が強いせいか、動かないはずの植物が動くことがあるせいか……。
木々が育ちすぎて太陽の方向がわからなくなる場所もある。
さらに、空間が歪んで、場所から場所へと飛ばされてしまうこともある。
この森の奥に願いを叶える湖があり、そこを目指す者がたびたび現れるのだが、中には入ったのはいいが出てこられなくなって、半年間森をさまよい歩いたという例もある。
そして実力が足りない者は、魔物との戦いで命を落とす。
冒険者なのだからそれも自己責任なのだが、危険を冒して迷いの森の魔物を狩ってきても、冒険者ギルドで『協力金』という捜索隊を雇うための費用が徴収されてしまい高収入には結びつかないので、それならダンジョンの方が儲かるということになる。
だが、この森の精霊と仲のいいトーリは迷う心配がまったくない。むしろ、珍しい植物や美味しい木の実や果物をたくさんお土産にもらえるので、これを売れば大金が手に入る。
彼は『あまりズルをしたくない』という理由で、よほど困らないとその手は使わない。普通の森での狩りが順調だし、迷いの森の恵みはしばらくマジカバンに眠ることになりそうだ。
しばらく進んでから木のウロに入ると、空間がねじれたワープゾーンになっていて、別の場所に飛んだ。『トーリだわ』『トーリが来たよ』『おやつを持ってきたかな』というざわめきが彼を迎えた。
そこは透明な水が湧き出す泉がある、爽やかな風が吹く陽だまりだった。泉の脇には薪になりそうな木の枝が積まれていて、石が積まれた簡単なかまどもあった。
そして、素朴な木のテーブルと椅子がわりの切り株も置かれていた。もちろん、人間サイズだ。
「わあ、いろいろ用意しておいてくれたんだね。ありがとう」
トーリはお礼を言うと、さっそく木の枝を組んで火を起こした。そして、マジカバンから取り出した鍋に泉の水を汲み、火にかける。
「美味しい食べ物やお菓子を持ってきたよ。テーブルに置くから、好きなものを選んでね」
「す! す!」
ベルンが『木の実が一番美味しいけどね!』と強く推した。
光の球に見えるのは、この森に住む妖精たちだ。怖がりで人見知りをする妖精たちは、普段はあまり人と関わらないのだが、トーリとは何度か一緒にお茶会をして親しくなっていた。
彼はマジカバンの中から自分のカップを出して、他にも木の実の殻で作った小さなカップを出して並べた。
テーブルの上に立ったピピが言った。
「妖精の皆さん、今日はトーリが花の香りがするお茶を持ってきてくださったそうなのよ。楽しみですわね」
『わあ、素敵なお茶だね』
『それは楽しみ』
『蜂蜜が合うかな? 持ってくるね』
お気に入りのカップを見つけて手に取った森の精霊ピぺラリウムは、「さあ、おやつを取り分けましょう」と声をかけた。
「す、す、す」
ベルンは妖精たちに『お皿も持ってくるといいね』と声をかけて、トーリの肩に登った。
鍋の湯が煮立つと、彼はその中にお茶の葉を入れて火からおろす。しばらく静かに置いておくと、葉が沈むのだ。
彼はスプーンを取り出すと、慣れた手つきで小さなカップにお茶を注ぎ、ベルンに渡した。ベルンがそれを妖精に手渡す。
ピぺラリウムとベルン、トーリにもお茶が行き渡ると、楽しい森のお茶会が始まった。




