第83話 治療の訓練
さて、武器ができあがるまでトーリが何をしていたかというと。
「トーリくん、次の患者さんお願いします。解毒が中心です」
「はい」
「す」
治療院で働いていた。
リスも働いていた。
「こんにちはー。何にやられましたか?」
「すー?」
彼はぐったりと椅子に座る若い男に声をかけた。もちろん、笑顔だ。
男の左腕は、肘のすぐ下が紫色に変色し、包帯がほどかれるとえぐられた傷があった。
「ドクヒョウ! 見てわかるだろう!」
痛みで顔を歪めながら、冒険者の患者はトーリに吐き捨てた。
「噛まれた後、放置しましたね。解毒が充分でなかったから腕が腐ってきています」
「解毒薬が高すぎるんだよ」
確かに解毒薬は高価である。だが、使わないと傷はいつまでも治らないし、毒が全身に回れば命が危ない。
「毒は根性では治らないので、お金をケチらないで治しましょう。腕がもげてから後悔しても遅いんですよ。冒険者ギルドで貸し付けも行っていますから、次回はシーザーさんに頼んでみてくださいね」
いい笑顔の子どもにまともなことを言われて、痛みで余裕がない冒険者は「いちいちうるせーよ!」と怒り出す。
「さっさと治せよ、そのために治療院があるんだろうが!」
「はいはい、こっちの処置室に来てくださいねー」
どんなに怒鳴られようと、トーリはにこにこして余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》だ。
男を処置台に寝かせると、治療に取りかかる。
「ここに腕を置いて、動かさないようにしてくださいね。腐ったところを水で洗ってから浄化して解毒して回復しますからね、ちょーっと痛いけど我慢しましょうね」
「いっ、いだいいだいいだいいだい、いだいーっ!」
傷口を水で洗われた男は絶叫したが、トーリは浄化魔法をかけると「はい、うるさいですよー、今麻痺薬使いますから綺麗になるまで我慢してねー、可愛いリスも応援していますよー」と、指先から出した水を遠慮なくかけて念入りに洗浄する。
「おい、痛えよ、泣けてくるよ!」
「泣いてもいいですけど動かないでくださいね。腐った肉を流さないと治りませんからね」
「すー」
優しいリスが応援している。
「腐った肉とか、怖いこと言うなよぅ……痛えよぅ……」
男は本当に泣いてしまったようだ。
「ちょっとピリッとしますねー、はい」
「ぎゃあっ!」
傷口に麻痺薬をかけられた男は飛び上がったが、すぐに痛みがわからなくなった。麻痺薬は麻酔効果があるのだ。
ただ、使いすぎると身体全体が麻痺して心臓が止まってしまうので、注意が必要だし、加減が難しい。
トーリの場合は、怪しいと思ったら解毒魔法のアクアキュアで麻痺薬を浄化できるし、止まりそうな心臓もアクアヒールで後押しできるため、他の人よりもずっと安全に麻痺薬を用いることができる。そのため、最近では重傷の患者が彼に回されてくる。
「全身に毒が回っている可能性が高いので、先に体内を綺麗にしますね。『アクアキュア』。次は傷口に『アクアキュア』水で流します『アクア』うん、綺麗になったので回復しますね『アクアヒール』『アクアヒール』『アクアヒール』。はい、お疲れさまでした。体力が落ちているから気をつけてお帰りくださいね。今日から数日間、意識してお肉をたくさん食べて、よく寝てください」
慣れないうちは魔力酔いを起こしがちだったトーリだが、何度もアクアヒールを使っていくうちに身体が魔力に慣れて、魔法の威力も上がっていた。
「……え? 完全に治ってる?」
患者は自分の腕を見てぽかんと口を開けた。
「す」
「え、なんでリスが」
自分の肩に飛び乗ったリスが『よくがんばりました』と撫でてくれたので、また口を開ける。
「おま……すごいな」
「気分は悪くないですよね? 次の患者さんのために、場所をあけてくださいねー、今日は安静に過ごしてください、三日後くらいには復帰できますよ。ではお大事にー」
「お、おう、その」
男は立ち上がると「ありがとう、ございました」と深々と頭を下げてから、会計で治療費を払って帰って行った。
トーリは床に水を流して掃除すると、部屋に浄化魔法をかけた。そして、処置室の入り口にある札を『使用中』から『空き』に変えた。
冒険者登録をしてから、トーリはちょくちょく治療院に通って手伝いをしてきた。初日に出会った治療師のモリーがトーリに指名依頼を出してくれているので、ちゃんと冒険者ギルドでの功績になっている。
最初は、アクアキュアという解毒魔法が得意ではあるが、回復魔法を多発すると魔力酔いを起こしてしまうため、治療師の補助の仕事や雑用をしていたが、数をこなすうちに身体もできてきて魔力の流れに負けないようになったので、今はひとりで怪我人の担当ができる。
若い男性の治療師が「お疲れさま。もう安定して治療できているね」と声をかけてくれた。
「トーリくん、エリアヒールはできるんだっけ?」
「機会が少なくて、練度が上がってません」
「それじゃあ、これから一緒に病室にかけてこよう」
「はい!」
働きながらスキルアップさせてもらえるので、トーリはなるべく治療院の依頼を受けている。
「無理せずに、体調を考えてやってみようか。倒れたら空きベッドを貸してあげるよ」
それを聞いたリスが「すっ」と噴き出した。トーリは何度か寝かしつけられてるのだ。
そして。
「気分が良くなったら、今日はもう上がって大丈夫だよ」
「なんか、いつもすいません……」
今日もやりすぎてしまい、ベッドのお世話になっていた。
「す! す!」
リスに叱られている。
勤勉なトーリは、ついがんばりすぎてしまうのだ。
「治療院に来たからにはやるだけやらないと、って思っちゃうのかな。トーリくんの場合は、空いた時間にここに顔を出して、一回だけエリアヒールをかけて帰るというやり方の方が、無理がなくていいかもしれないね」
「なるほど、そうですね」
(僕は貧乏症なんですね。でも、身体を壊して魔法が使えなくなったら困るので、やり過ぎには充分注意しましょう)
こうして、狩りに出ない日にも経験を積むトーリであった。




