第82話 武器を注文
「こんにちはーっ、武器くださいなっ」
「うちは子どものおやつは売ってねえぞ……って、おまえはリスを連れたエルフか!」
「そういうあなたはもしやドワーフ? 僕は普通のエルフのトーリです。この子は普通のリスのベルンです」
「す」
「普通じゃねえ奴ほど、自分が普通だと言い張るもんだ、覚えておけよ。俺は普通のドワーフのガンジョーだ」
「普通じゃないドワーフのガンジョーさんですね、わかりました」
「す」
ガンジョーは岩のように固い笑顔で「おう、よろしくな」と言った。
今日は、武器の製造直売をやっている店に、トーリたちはやって来ていた。もちろん、ベルンとお揃いの武器をオーダーするためだ。
「武器を作るならこちらがいいと、冒険者ギルドのシーザーさんに紹介されてきたんですけど」
「初心者向けのは作ってねえからな」
「ダンジョンで通用する武器が欲しいので、こちらで合っていると思いますよ」
にこにこにこ、とやたらときらびやかな笑みを浮かべるトーリを、ガンジョーは「チャラチャラした格好のエルフだと思ったら、着てるのはえげつない効果が盛られた服かよ。こりゃ俺じゃなきゃ見逃すな」と鼻にしわを寄せた。
「おまえの獲物はなんだ?」
「ハンティングナイフです」
「見せてみろ」
トーリが腰のナイフを渡すと、ガンジョーは真剣な表情でナイフの刃を見た。
「研ぎ直しをしているのか? 手入れが行き届いたナイフだ」
「自分で研いでいます」
「は? おまえが、か?」
「はい」
トーリは日本にいる時には、包丁研ぎが特技だった。
顔の怖い彼が研いでいると、全身から禍々しいオーラが滲み出て人を近寄らせないのだが、出来上がった包丁の切れ味はピカイチだった。そのため、トーリの母に頼まれて近所のご家庭の包丁も研いで喜ばれていた。
だが、包丁以外は決して引き受けなかった。
その一線を超えると、なにか恐ろしいことが起こりそうだったからだ。
彼は凶器が似合う心優しい男であった。
「……見事な腕前だな。エルフのくせに、ドワーフ並みの砥石使いができるとは……お綺麗な顔をしているが侮れん奴め」
ガンジョーはうなった。
「僕は、たいていは魔物の喉にある核を切ってとどめをさすんですけど、森の奥にいる強い魔物は核も固くて、魔力で強化してもどうしても刃こぼれしてしまうんです」
「そりゃあ、核だからな! 魔物には、やはり魔物素材の武器でないと力負けしてしまうぞ」
「はい。そこで、風魔法と相性がいい、デスウィンドマンティスの鎌を使った短剣が欲しいんですよね。あと、リス用の片手剣も」
「ふむ、エルフは風魔法に適性がある種族だから……え? リス用の片手剣だと?」
ガンジョーは「ふざけてんのか!」と怒鳴ったが、その鼻の穴にリスが素早く木の実を詰め込んだので、大慌てで鼻息で飛ばした。
「なっ、なにをしやがる! 恐ろしい攻撃をするリスだな」
「す……」
リスのベルンが『俺をなめたら地獄を見るぜ、ベイビー』というニヒルな視線でガンジョーを見たので、ドワーフの鍛治師は「くっ、なるほど、気の強いリスだ」と顔を歪めた。
「おまえらはふたりで組んで、森での狩りをしているというわけか。そうだな……デスウィンドマンティスの鎌を自分たちで狩って来られたら考えてもいい。体長が二メートル以上ある巨大なカマキリの魔物で、運が悪いと五、六匹に囲まれてしまうことがある。そうなったら、Eランクの冒険者でも手こずるぞ。命がけの狩りをすることになるが……」
「あっ、鎌ならたくさん取って来ましたよ。いくつ必要なのかわからないから多めに用意しました。ここで出してもいいですか?」
「……冗談か?」
「いえ、真面目な話です。なんでも、制作に魔物の材料を使う時には、材料をそのまま加工するよりも、錬金術で特性を抽出するやり方のほうが上質な武器を作れるそうですね? その代わり使う量が半端ないって、マギーラさんに教わりました」
「マギーラ? ああっ、そうか、おまえらのその馬鹿げた服はマギーラの防具か」
トーリは「そんなに似合いませんか」と悲しい顔をした。
「違う違う、付与魔法の数がおかしいって意味だからな。っていうか、追い剥ぎに気をつけろよ……いや、追い剥ぎも寄せつけない防具だったな」
トーリの服を見ながら、ガンジョーは「金持ちのお坊っちゃんなのか」と呟いた。
「とにかく、あっちの倉庫のテーブルにカマキリの鎌を全部出してみろ」
そう言って、多種多様な材料が置かれた倉庫に連れて行ったガンジョーは、全部と言ったことを後悔した。
「おまっ、なにをやらかしたんだ? いったいどれだけデスウィンドマンティスを狩ったんだ?」
「ええと……忘れちゃいました。で、足りますか?」
「俺に喧嘩を売ってんのか! とにかく、こいつをマジカバンに戻しやがれ!」
「全部?」
「……百本残せ。それだけあれば、おまえのナイフとリスの片手剣には充分だ」
トーリはどう見ても百本以上ある鎌をガンジョーに押しつけて「余ったら使ってくださいね。代金はいくらですか?」と尋ねた。
「この鎌で充分だ。できあがったら、冒険者ギルドに連絡を入れる」
「わかりました。では、お願いしますね。楽しみに待ってます」
「す」
機嫌良く出ていくエルフとリスの後ろ姿を見て、ドワーフの鍛治師は「あれは、噂以上にヤバいエルフだな」と呟いた。
「数もそうだが、なんだこの鎌の切り口は。普通のナイフでここまで鮮やかに切り落とすとは、いったいどれほどの速さでカマキリを切ったんだ。おかしいだろ、子どものやることじゃねえぞ」




