第81話 カマキリ狩り
『暁の道』との活動とは別に、森でのソロ狩りを進めていくトーリだったが、もうひとりでも森の奥まで無理なく行けるようになっていた。
「森が有利なのはエルフの特性ではあるけれど……気配察知能力や潜伏能力、遠距離からの射撃がえげつなく上達している気がします」
「す」
「数をこなすうちに攻撃力も上がってきたし、突然のレベルアップではなくてじわじわと強くなるんですね」
「す、す」
ちっちゃなベストを着たリスのベルンが肩で相槌を打つ。
普通のリスにすぎないベルンでさえ、トーリと共に行動しているうちに、野生の能力が磨かれて広範囲の気配察知ができるようになった。
積極的に経験を積んできたトーリは、ゲーム内では『索敵』『隠密』という単語だったものが、数をこなすうちに実際の身体で自然に行えるようになっできた。
しかも、あり得ないほどのスピード成長で。
今では森の木々に身を隠す忍者のようなエルフだ。
「ちょっと忍者みが強くなっちゃったのは、僕が日本人だからなのでしょうか」
最近は、接近しても魔物に存在を感知されなくなった、透明感増し増しなトーリである。
さて、リスの新しい装備『ベスト』だが。
マギーラ洋品店で買った、トーリの防御力やあれこれてんこ盛りなおしゃれ服の代金は、このところの収入で完済できてしまった。森の魔物はとてもよい値段で引き取ってもらえるのだ。
特にドクヒョウの毛皮は見た目も美しく、軽くて温かいため、庶民からお金持ちまで大人気である。
毒による攻撃がネックになって、冒険者から敬遠されがちなのだが、トーリのレベルが上がった浄化魔法があれば問題ない。高価な解毒剤が不要だし、防毒効果が付与された防具を身につけていれば、毒も弾いてくれるのだ。
そしてマギーラは、完済記念ということで、これも付与魔法のおかげで数々の状態異常からリスを守るベルン用のベストをプレゼントしてくれた。
それはいいのだが、言葉巧みにさらに防御魔法が付与された黒に近い紫色のパンツ(マギーラが『これはドラゴンの血にマンドラゴラの根の絞り汁を加えて三日三晩魔石を投入しながら煮込んだ染料で染めたもので……』などと恐ろしげな説明をしたが、トーリは聞かなかったことにした)を売りつけられてしまって、またしても多額の借金を背負っている。
だが、この防具(おしゃれなパンツだが、マギーラにがっつり魔法を込められた防具なのだ)は、彼女によると「ダンジョンの深層に潜っても大丈夫! 状態異常も物理攻撃も弾くのですよ、ふっふっふ」という大変なお買い得品なのだ。
「さて、まずはドクヒョウから行きますか」
「す」
肩にリスを乗せたトーリの辿る道は、空中である。高い木の枝から木の枝へと音もなく飛び移り、魔物に奇襲をかける彼は、魔物からしたら悪夢のような存在である。
「いたいた、十匹発見。やったね、希少種もいる」
エルフの視力は、集中すると遥か彼方から獲物をロックオンできるのだ。
トーリは弓を構えると、魔力の矢を連射する。
光の矢が十本、ドクヒョウの首に吸い込まれたら狩りは終了だ。彼は枝から枝へと疾走すると地表に降りて、ドクヒョウの身体をマジカバンに収納していく。
「す!」
「群れが近づいて来ますね」
トーリは垂直に飛び上がると枝を掴んで身体を引き上げた。戦闘音を感知した魔物がやって来たようだ。
「デスウィンドマンティスが……六匹。まとめてヤりましょうか」
トーリは手近な木の実をもぐと、投げて音を立てた。そこに向かって巨大なカマキリの魔物が集まって来たので、今度は爆発する魔法の矢を群れの真ん中に打ち込む。
破裂音と共に身体の一部を失ったカマキリたちが吹き飛び、狼狽えているうちに、ハンティングナイフに武器を持ち替えたトーリが素早い身のこなしで群れに突っ込み、次々とカマキリの首を落とした。
そして、左右に持つ透けた水色のカマを切り落とすとマジカバンに入れて、胸を切り裂いて魔石も取り出す。
昆虫系の魔物なので、肉は不必要なのだ。
デスウィンドマンティスのカマは武器の材料として高く売れる。風魔法の魔剣や杖が作れるのだ。
「この辺りは、あまり冒険者の手が入っていないのかな? 魔物が大量に発生しているみたいなので、今日は多めに狩っておきましょうね」
「す」
リスが、消えそうになるカマキリを指差して、腕をぶんぶん振っている。
「……もう少しヒントをお願いします」
「す」
リスはトーリの肩から降りて、地面に落ちていた小枝を手にすると戻って来た。
そして、小枝をカッコよく振ってみせる。
「もしかして、武器が欲しいんですか?」
「す!」
「しかも、デスウィンドマンティスのカマを使った、風魔法が使える……棍棒?」
「すー」
「杖?」
「すー」
「剣?」
「す!」
リスは小枝をかかげて、カッコいい剣のポーズをとった。
「わかりました。町に戻ったら、このカマを使ったベルンの剣を注文してきましょう」
「す! す!」
リスはトーリの肩の上で喜びを表した。
「もっとたくさんカマキリを倒して材料を集めて、僕のナイフも作りたいですね。えへへ、ふたりでお揃いの武器ですよ」
「……す」
リスは小さな手で、トーリの頬を『可愛いやつめ』というように撫でた。
そしてトーリは、狩り尽くす勢いで大量のカマキリを倒していき、魔石の山を買い取った買取り所では「あのエルフはカマキリに恨みがあるらしいぞ」という噂が流れたのであった。




