第79話 チームワーク
「森と言っても、浅いところはまだ木もまばらだし、見通しもそんなに悪くないよ」
先頭に立つトーリが言う。
「だから、練習にマーキーが斥候役をやってみて」
「おう。いつもトーリが一緒とは限らないからな」
マーキーは先頭を引き受けると、少し前に進んで全身で気配感知しようとする。
「ギドには盾を渡しておくよ」
トーリはギドから預かっていた小型の盾をマジカバンから出した。草原とは違い、森の中ではギドが魔物を引きつけるのだ。
ギドは左手に盾を装着して「これで両手で殴れるしー」と得意げになっていたので、ジェシカに「殴るのもいいけれど、防御もお願いね?」と釘を刺された。
これで、前衛の攻撃がマーキーとアルバート、ギドが後衛のジェシカを守って撃ち漏らしを叩き、ジェシカは魔法で援護をする、という形になる。もちろん彼女も、杖を使って近接戦に対応する。
素早い動きのトーリは遊撃だ。彼は浄化の魔法も上達したので、万一戦闘中に毒をくらっても、即座に解毒しアクアヒールで回復ができる。
(僕が不在の時に備えて、自力で解毒と回復する技術も身につけてもらわないと、なんですよね)
彼は、『暁の道』のメンバーではないし、いつか彼らと別れて旅に出る予定なのだ。
『暁の道』は優れた才能を持つ子どもたちで結成されていて、彼らの成長は早い。
だが、女神アメリアーナの祝福を受けてこの世界に転生し、さらに精霊たちの友達になったトーリは、自分の成長の異常性を認識していた。
そして、彼らと足並みを揃えて冒険をするわけにはいかないことを、寂しく思っていた。
さらには、トーリの種族は不老長寿のエルフなのだ。あまり将来のことを考えたくないが、たとえば十年後……銀の鹿亭の可愛い幼女ロナは、今のトーリの見た目よりも歳上になるだろう。そして、その時のトーリの容姿はほとんど歳をとっていないのだ。
(なんでエルフキャラを作っちゃったんでしょうね……まさか、こんなことになるなんて思いませんでしたよ)
かなり先に行っていたマーキーが戻ってきた。
「この先に十匹前後のドクヒョウの群れがいるぜ。なんか、希少種が混ざってるっぽい」
希少種は、毛皮が白や紫といったドクヒョウで、珍しいから高く売れるのだ。そのかわりに体力があるため、通常種よりも倒すのが困難だ。
アルバートがマーキーに小声で尋ねる。
「木の数はどう?」
「急に増えてたな。ドクヒョウの隠れる場所が多そうだ」
「そうしたら、僕たちは少し下がろう。マーキーは石を投げて、こっちに魔物を誘導してくれるかな? 危ないから気をつけて」
「任せろ」
「ジェシカとトーリは魔法と弓で迎撃」
「了解!」
マーキーは地面からいくつか石を拾うと、森の奥に進んでいく。そして、ドクヒョウの群れに石を投げつけてから、走って戻ってきた。
「マーキー、横に逸れて!」
彼が射線から外れると、ジェシカとトーリはこちらに駆けてくるドクヒョウに遠距離攻撃をする。
「火矢! 火の玉! 火の玉!」
追尾機能のある火矢は確実にドクヒョウの頭を貫き、風魔法で温度が上がった火の玉は魔物の身体に触れると爆発した。
「シッ! シッ! シッ! シッ!」
先ほどの攻撃で『えい、はないですよね……なんかカッコよくない……』と反省したトーリが、カッコよく呼吸をしながら魔力の矢を連射した。テンションを上げると攻撃力が増すので、格好をつけることも大切なのである。
マーキーは魔物の背後から斬りかかり、アルバートは槍の刃に雷をまとわせてドクヒョウを切り裂く。
魔法が直撃したのに倒れなかった白いドクヒョウが、ジェシカに向かって飛びかかってきたが、ギドが盾を当てて進路を逸らした。
「えーい!」
着地した白いドクヒョウの頭を、ジェシカの杖が狙う。可愛らしい掛け声だったが、攻撃力は可愛くなかったようで、ぎゃっ、と叫んだドクヒョウは頭蓋骨を陥没させてその場に倒れた。
「えへへ、やったね」
杖を抱きしめてにっこりと笑うジェシカ。
ヒョウの頭の凹みを見たギドが「うへえ」と言った。
「みんな、大丈夫?」
「おう、すべてやったぜ」
「ドクヒョウは柔らかくて楽だよね」
トーリは数を数えながら、魔物をマジカバンに入れる。
「通常種が十一匹、希少種が一匹。こっちの怪我はなし、だね」
あっという間に戦闘が終わったので、子どもたちに疲れはない。
「じゃあ、この調子で、マッドボアやバッファローバードも狩っていこうよ」
アルバートの言葉に、皆は「おう!」と応えた。
彼らの狩りは、ゲームとは違う。
魔物の攻撃に当たれば負傷するし、当然、痛みや恐怖を感じる。下級回復薬やトーリの治癒魔法である程度は治すことはできるが、戦闘中にそのような余裕があるとは限らない。
だから彼らは、安全マージンをしっかりと取りながら進んで行く。
それができずに全滅……つまり、魔物に全員が殺されてしまったパーティの例など、嫌というほど聞いている。
日本にいて、単なる野犬に襲われることすら大変な恐怖となる。それが、この世界では、人への殺意に満ちた魔物が襲いかかってくるのだ。
この恐怖に打ち勝った者だけが冒険者として生きていけるのだ。
「マーキー!」
「たあっ!」
「んにゃろうっ!」
気合いのこもった掛け声と、魔物を屠る音が森の中に響く。
冒険者登録をする者は多いが、最初の戦いで挫折する者も、Gランクのままで引退する者もとても多い。
強くなれば大金が稼げるが、そうなるまで続けることはとても難しい。危険と隣り合わせの職業なのだ。
だから、冒険者になろうとすると、家族や友人に反対されることが多い。だが、冒険者がいなければ増えすぎた魔物が人々の住む町や村を飲み込んでしまうだろう。
ミカーネンダンジョン都市では、そんな冒険者たちを育成し、ゆっくりでもいいからレベルを上げて長く活動してもらえるようにと、しっかりしたバックアップを行っている。
「大丈夫? 無理なくイケてる?」
「イケてるさ!」
「イケてるぜーい!」
「大丈夫だよ」
「問題ありません」
「よし。それじゃあこのペースで行こう。次は僕が斥候をやるね」
確認しながら、少しずつ森を進み、子どもたちはドクヒョウもバッファローバードもマッドボアも狩り、ブラッドハウンドの喉を切り裂き牙を砕き、ヒドラドレイクを焼き尽くしてずたずたにした。
「トーリ、マーキー、ギド、アルバート、ジェシカ。冒険者証をよこせ。おまえたちをFランク冒険者だと認める」
「うおおお、やったぜ!」
「やったー、ランクアップだね!」
子どもたちは手を取り合って喜んだ。
「おまえたち、すげえじゃんか」
「おめでとさん!」
シーザーのランクアップ宣言で、その日の冒険者ギルドは盛り上がったのだった。




