第78話 殴らない解決
さて、時間を巻き戻そう。
困ったおじさんを家の中に追い込んだ子どもたちは、また走って草原の森に近いところまで戻った。
走りながら、おじさんの話で盛り上がる。
「おまえら、よくもまあペラペラとそれらしいことを喋れるなあ」
「そうだぜ、俺なんか『オジサンノチハ、ドンナイロ?』って言うのが精一杯だったわー」
そう言うマーキーとギドに、トーリは言った。
「ふたりとも、狼みたいなギラついた目でおじさんを見て、迫力があってカッコよかったよ」
「そ、そうか?」
ふたりはトーリに褒められて得意そうな表情だ。
「これでしばらくは、僕たちにちょっかいを出さないでいるかな」
「そうだといいね。わたしたちのことを不気味だって思っているうちに、もっと強くなって手出しができないようになろうね!」
アルバートとジェシカの落ち着いた発言を聞いて、トーリは『彼らは考え方が健全でいいですね。闇討ちしよう、なんて考え方じゃなくてよかったです』と微笑んだ。
そして、むしろ自分の方が拳で解決しようとする傾向があるのでは……と反省する。
「おまえらといると、戦いは力だけじゃねえってことが勉強できて助かるぜ」
「棍棒じゃなくても倒せるよなー。なんか、新鮮だわ。一緒に戦えてマジよかったぜ」
(マーキーもギドも、なんて素直で大人なんでしょう! 僕はおっさんで彼らよりも歳上だと思っていましたが、実は彼らよりも精神が幼いのでは……)
「特に、トーリの言葉で殴るやり方はすげえよな。容赦なくボッコボコだぜ」
「うん、わたしもそう思った。極めたら相手の息の根も止めちゃいそうだよー」
「トーリだけは敵に回したくねーと、マジ思うぜ」
「僕もぜひ身につけたい技術だよ。友達のいいところを真似して、強くなりたい」
「アルバートならいけるんじゃね? 俺、実は最近、トーリの話し方とか意識してるんだ。まだまだ上手くできないけどさ」
子どもたちがトーリを尊敬しているようなので、肩にしがみつくリスのベルンは満足げに「す」と鳴いた。
(やめてください、そんな、キラキラした純な瞳で僕を見ないでください、やっぱり僕は汚れた大人です、真似しちゃ駄目な大人ですよ)
なんだかいたたまれなくなってしまい、走る速度を上げるトーリであった。
「速くね? 今の走り、ちょー速くね?」
「トーリ、ちょ、飛ばし過ぎだって」
ギドとマーキーは、完全に息が上がっていて、今にも草原に寝転びそうだ。
対して、アルバートとジェシカは「これはきついねー」「うん、ギリギリかもしれないよ、よく走ったね」などと言ってはいるものの、しっかりとトーリのペースについて来ていた。
このふたりは、マーキーやギドのような瞬間的な臀力はないけれど、持久力や粘り強い体力があるようだ。
「アルバート、どんな感じで行こうか」
「うん、ウォーミングアップは充分だから、予定通りにバッファローバードが二羽から狩ってみて、あとでドクヒョウも試してみよう」
「了解! ……ねえ、マーキーとギド、大丈夫? 魔物を釣って来ていい?」
「お、おう! なんのこれしき! はふっ、これしきっ!」
「いや俺、ぜんっぜん平気だし。もーね、よゆーよゆー、むふーん、ふうっ」
呼吸の荒さを隠しきれていない。
から元気もあるようだが、トーリは『いざとなったら僕が引っ張り回して時間を稼げばいいですよね』と考えて、さっそく森の中に進んで行った。
そして、まもなくトーリが森から飛び出してきた。
彼の後ろからは、興奮した巨大な鳥が地響きをたてて追いかけてくる。
「みんなー、鳥が二羽だよーっ!」
「はーい、火魔法行くね、火矢、火の玉!」
ジェシカがバッファローバードに杖を向けて、ほぼ同時に二発の火魔法を放つ。両方とも二羽の鳥の頭に命中し、バッファローバードは衝撃で脚をもつれさせて横倒しになる。
「じゃあ僕も、弓……を、射ろうと思ったのに!」
すでにギドが鳥の頭を潰し、マーキーが頭を斬り落としていた。
「うわ、早くない?」
槍を構えただけのアルバートが、魔法の矢をつがえたまま立ち尽くすトーリの顔を見た。
「この矢、どうしよう……イノシシに射っちゃえ」
仕方がないので、彼は森の際にいるカタコブイノシシに弓を引いて、見事こぶの真ん中に突き立てた。
とばっちりをくったカタコブイノシシは、ぶもおっ、と怒りの声をあげて突撃してきたのだが、トーリが「えい、えい、えい」と矢を連射して頭を爆散させてしまった。
空中を、こぶの中にあった魔石が飛び、光を反射した。
「想像以上に、みんなの動きがいいね」
アルバートが、パーティで買ったマジカバンにバッファローバードを収納した。トーリのように無限に入る容量はないが、小さな小屋くらいなのでバッファローバードなら十羽入れても余裕がある。
トーリはとことことカタコブイノシシに駆け寄ると「お肉が消えなくてよかったです」と拾った魔石と一緒にカバンに入れた。
「三羽……四羽でも倒せそうだね。でも、四羽連れてくるのは、見つけるのが難しいかな」
バッファローバードは群れで行動する習性がないため、数が増えると離脱してしまうのだ。
「そうか。それじゃあ、ドクヒョウをやってみようか」
「うん。なるべく少ない群れを引っ張るけど、ジェシカ、魔法で先制して減らせるなら減らしてみて。ドクヒョウは防御力は高くないらしいよ」
「わかった、任せて!」
着実に魔法での攻撃力を上げてきているジェシカは、自信を持って引き受けた。
「連れてきたよー、五匹ー」
「火の玉!」
三匹が倒れ、残りはマーキーとギドが一撃で倒した。
「今度は七匹ー」
「火矢、火の玉!」
四匹が倒れ、アルバートが「やっと僕のとこに来た!」と槍で連続して二匹を倒し、ギドが最後の一匹の頭を潰した。
「俺の分がねーぞー」
マーキーがぶんぶん片手剣を振り回してアピールする。
というわけで、次は大きな群れを連れてきた。
「十匹ー、僕も少しやるよー」
「火矢、火の玉! 火矢、火の玉!」
最初に五匹が魔法に倒れ、前衛三人があっという間に残りの五匹を沈め、トーリは「もうっ、全然僕まで回ってこないんだけど」と弓を振り回した。
「ドクヒョウは柔らかいぜ。一撃で倒せるから、戦いが長引かない。十でも楽勝だな」
「うん、毒がネックだけど、毒の爪で攻撃を受けなければまったく問題がないね」
ここのところ収入があったので、皆は防具も充実させてきた。マーキーとアルバートが「これなら行けそうだな」と頷き合う。
「みんな、毒消しは持ってるよね? それじゃあ、みんなで森に入ろうか。浅いところで狩ってみよう。気配を感知して、索敵する能力をつけるんだよ。森は魔物が隠れる場所が多いから注意して」
森に慣れているトーリがアドバイスする。
「うわあ、ドキドキするね」
ジェシカも嬉しそうだ。
「やったぜ、森デビュー!」
「すー」
ギドとリスが拳を振り上げた。




