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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第77話 オジサンノチハ

「おじさんは僕たちになにをするつもりなのかな?」


 アルバートは無意識にジェシカを庇うようにしながら言った。


「武器を魔物を倒すために構えているのか、それとも……」


 ぐぐっと槍を握りしめる。

 同郷の女の子、ジェシカは彼の大切な幼馴染みであり、共に手を取り夢を叶える仲間である。彼女に危害を加える人物は誰であろうと容赦はしないつもりだ。


 そんなアルバートたちに、巻き込んでしまったマーキーは少し申し訳なさそうな顔をしたが、このふたりは彼の謝罪など欲しがらないと思い、頭を振った。


「あいつの性格からして、事故とかなんとか言い訳しながら俺に攻撃をしてきそうだ。まあ、返り討ちにするけどな。任せとけ」


 マーキーは鼻で笑った。


「あの男は、自分が成長していないもんだから、俺が強くなってることに気がついてねえんだよ」


「だよなー。俺たちは日々強くなってるし、たかりのおっさんは弱体化してるってこと。なあマーキー、俺たちでちょいと走って行って、始末しちゃわね?」


 ギドがそんなことを誘ったので、トーリは「ふたりとも、危ないことはやめてよ。それなら僕がここから弓で仕留めるから」と慌てて止めた。


「魔力の矢で頭ばーん、ってするつもりなの? トーリが一番ヤバいこと言ってるよ。血の気の多いエルフだなあ」


 アルバートが突っ込むと、リスも「す!」と言って尻尾でトーリの顔を正面から叩いた。モフモフした尻尾で叩かれてもご褒美にしかならないので、トーリは嬉しそうな顔をして「ごめんごめん」と目を細めた。

 それを見た子どもたちは大笑いした。


「冗談はともかくね。あんまり暴力に走るのは良くないかな。わたしたちの冒険者としての格が下がるから、反撃だけにしておこうよ」


 ジェシカは穏便そうに言っているけれど、杖の先に付いた魔石の中に魔力を渦巻かせて、発射する準備を整えている。


「ジェシカ、火が出ちゃうよ」


「あっやだ。えへへ、気にしないでね」


 ジェシカは笑ってごまかしたが、魔力はおさまらない。仲間に危害が加わったら即発射するつもりなのだ。

 常に戦いの中に身を置く冒険者は、これくらい気が強くないと務まらない。


「あのおじさんを諦めさせるために、こういうのはどうかな」


 リスの尻尾を堪能したトーリは、おじさんの命に別状なく心を折る作戦を提案して、子どもたちをまたしても大笑いさせたのであった。




 草原を、襲いかかる魔物を倒しながらゆっくりと進んできた困ったおじさんは、剣を片手にネズミとたわむれる子どもたちに近寄ってきた。


「なんだ、カマネズミに手こずっているのか」


 子どもたちはおじさんを無視すると、倒したネズミから魔石をほじくり出す。


「まだまだ素人だな。俺が戦い方を教えてやるから、その魔石を寄越せ」


「マーキーんとこのおじさん、なにを言ってるの?」


 エルフの少年が、美しい顔に怪訝そうな表情を浮かべる。


「いや、ネズミを倒すのにかなり時間をかけていたじゃないか」


「嫌だなあ、わざとだよ。僕たちは、カマネズミの生命力について検証していただけだよ。どのくらい攻撃に耐えられるか、とどめを刺さないで長持ちする時間を競っていたんだ。ねー」


 子どもたちは「ねー」と声を揃えた。


「……なんだと?」


「僕たち、いろんな魔物を倒したよ。だけどまだ、人間は倒してないんだ」


「倒してないよな」


「倒してないぜ」


「倒してないね」


「倒してないわ」


「ねえおじさん、人の身体はどのくらい固いの? おじさんの喉は、どれくらいの固さなの?」


「なっ」


 子どもたちの目が、獲物を狩るギラついたものになっていることに気づき、困ったおじさんは後退っていく。


「魔物は血がないけど、おじさんは血があるね。斬ると噴き出すんでしょ。おじさんの血は、どんな色?」


「オジサンノチハ、ドンナイロ?」


 唇の両端を上げた恐ろしい笑みを浮かべて、子どもたちは彼の喉をじっと見つめる。


「おまっ、ふざけるなよ! 俺をやろうったってそうはいかねえぞ、だいたい、人殺しは重罪だし、そんなことをしたら冒険者ギルドだって黙っちゃいねえ!」


「大丈夫だよ。だっておじさんはひとりで森に入って行ったことにすればいいんだもん」


 口元だけ笑ったジェシカが言った。


「あとで身体を森に連れて行ってあげる。死体はマジカバンに入るから大丈夫なんだ。森の中で綺麗に食べてもらえるよ」


「跡形もなく、証拠も残らずにね」


「勇敢なおじさんは、ソロ狩りの途中でいなくなっちゃうんだよ」


「僕たちはとても心配するんだよ」


「……」


 マーキーとギドは、無言でおじさんの喉を見つめている。まるでどこをどう斬ると一番血が遠くに飛ぶのかを考えているようだ。


「だからさ、ね、僕たちに検証させてくれるよね?」


「オジサンノチハ、ドンナイロ?」


「う、うわあああああああーっ!」


 身体中に恐怖がまとわりついた。魔物を解体するためのナイフを持った子どもたちが、じわじわと距離を詰めてきたのだ。


「知りたいな」


「僕たちは知りたいだけなんだよ」


「だから、見せて?」


「オジサンノチハ、ドンナイロ?」


 困ったおじさんは身を翻すと「いかれてる! おまえらは全員、いかれてやがる!」と叫びながら走って逃げて行った。


 しばらく草原を走っていたら息が苦しくなり、「くそっ、あいつら、ギルドに報告してや……」と振り向いたおじさんは、すぐ後ろを足音も立てずに、もの凄い笑顔を浮かべながら追いかけてきている子どもたちに気づき、今度は「嫌だあああああーッ、来るなあああああーッ!」と半分泣きながら走って逃げた。


 走っても走っても、笑顔の子どもたちがついてくる。


 もうおじさんは本気で泣いている。


「おや、子どもの訓練をしているのか」


「楽しそうで、微笑ましいな」


 すれ違った人たちは「がんばれよー」と見送ってくれた。


「違う、違うんだ、誰か助けてくれ!」


 おじさんは走って、走って、走って、やがて町にたどり着くと自分の家に駆け込んで鍵を閉め、そのまま部屋から出られなくなった。


 そしてその後、ミカーネンダンジョン都市からおじさんの姿が消えた。

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