第76話 招かざる……
「驚いたぜ、本物の『烈風の斬撃』だった」
「やっぱ、カッケーな! マジ、カッケーな!」
マーキーとギドは顔を赤くして、小さな声でそんなことを言いながら銀の鹿亭をあとにした。
ちょっとそこまで送ると言うトーリに「質問とかしなくていいの?」と聞かれたが「レベルが違いすぎて、なにを聞けばいいのかわかんねーし」「会えただけで嬉しいぜ」と下を向いた。
「ふたりとも意外だな。もっと積極的に……たとえば、稽古をつけてくれたか頼むのかと思っていたよ」
「うえっ、そんなだいそれたことはできねえって」
ギドが照れながら頭をかいたので、トーリはおかしそうに笑った。
「じゃあね。また一緒に狩りに行こうよ。予定がわかったら、ギルドに伝言をしておいて」
「わかった」
アルバートに言われたトーリは頷く。
「そうか、マーキーが銀の鹿亭に来たら、連絡するのも簡単になるよ。いつ頃来るの?」
「二人部屋なら空いているらしいんだけど……ギドはどうするんだ? もう来るなら、一緒の部屋に入れるけど」
「おう、それなら俺もこっちに移らせてもらうぜ。今は懐があったかいしな」
「俺たち、だいぶ狩れるようになったよな」
「トーリのおかげだよね」
ジェシカが笑顔で「ありがとね」と言ったので、マーキーとギドとアルバートも「ありがとな」とお礼を言い、トーリは「違うよ、みんなが努力したからだよ! でも、そんな風に言ってもらえると嬉しい」と笑った。
「そうだ、ふたりがこっちに泊まるようになったら『烈風の斬撃』と毎日会えるね」とにこにこしたら、マーキーもギドも嬉しそうな顔をした。そして「トーリに会えるのも嬉しいんだぞ」「そうそう、よろしくな」と言われてしまい、今度はトーリが顔を赤くしたのであった。
マーキーとギドは翌日、銀の鹿亭に移ってきた。
彼らはジョナサンと奥さんに挨拶をし、ロナに「マーキーお兄ちゃん、ギドお兄ちゃん、いらっしゃいませです」と歓迎されて、「よろしくなー」と言いながらロナの頭を撫でた。
ロナは、お兄ちゃんが増えてご機嫌だ。
「す!」
「おう、ベルンもよろしく頼むぜ」
リスは偉そうにサムズアップをした。どうやら子分がやって来たと考えているらしい。
その晩、トーリは先に軽く食事をしてから治療院の夜勤に出かけた。これを無事に終えると、ようやく見習いではなくなる。
そして、朝に戻って来ると、鍛錬のために早起きをしていたマーキーとトーリと共に朝食をとることになった。
「お疲れさん。眠くない?」
マーキーに声をかけられて、トーリは答えた。
「順番に仮眠を取ったから、なんとか。朝ごはんを食べたら昼まで眠るつもり。ふたりは眠れた?」
「ぐっすりだぜ! この宿はいいな。寝具もちゃんとしてるし清潔だ」
「うん。なによりごはんが美味しくていいわー」
「ギドはそこが大事だね。あ、ジョナサンさん、ありがとうございます」
「おう、たんと食えよ」
同じテーブルで運ばれて来た朝食を取りながら、トーリがマーキーに「で、マーキーのおじさんは大丈夫だった?」と尋ねた。
ギドは食事に夢中で話を聞いていないようだ。
「すごくうるさかった。『どこに金を隠してたんだ、全部出しやがれ』なんてことを叫んでたけど、とっとと出てきたわ」
マーキーはカラカラ笑った。
「この町にいて、銀の鹿亭のジョナサンさんのことを知らないやつはいないからな。この宿には近寄らないだろう。行き帰りに気をつけておけば大丈夫だと思う」
「そっか。あのおじさんは、どのくらいの腕の持ち主なのかな? いきなり剣を抜いて襲いかかられたら危険だから、ひとりでいないようにしてね」
そこまではしないと思いたいけれど……と心の中で考えるが、この世界の常識は日本とは違う。
「ああ、わかった。外にいる時は油断しないようにするぜ。たぶん、ソロで草原の真ん中程度の腕だと思うけど」
「ちゃんと仕事してないのかな」
「ちょっとはしてるけど、自分で働くよりも俺から巻き上げたいと考えてるのが丸わかりだ。ああいう冒険者にはなりたくないな」
マーキーは真面目な顔で言ってから、パンをわしわし食べた。
そして数日後。
トーリはパーティ『暁の道』を結成したマーキーたちとまた一緒に狩りをすることになった。
「今日は、ドクヒョウと戦ってみようよ。二匹か三匹、僕が釣ってくるから、ジェシカは可能なら最初に数を減らして」
ドクヒョウを倒せるかどうかで、森での狩りができるか否かが決まってくる。
「了解! 『追撃の火矢』を使えるようになったから、さっそく試してみるよ」
真面目なジェシカは、火魔法に風魔法を合わせる訓練を根気よく続けて、とうとう獲物を追撃する火を出せるようになったのだ。
「連射もできるの?」
トーリが尋ねた。
「『追撃』は一度しか打てないけど、追撃と火の玉は連続で撃てるよ」
「すげえなあ、火力を上げてきたな」
ギドが感心して言った。
「それじゃあ、今日はまず、カマネズミの群れでジェシカの練度を上げていこう。安定したら、ドクヒョウ狩りだ」
「おう!」
「よっしゃ!」
アルバートは相変わらずこのパーティの頭脳役らしい。マーキーとギドも素直に従っている。
五人は草原の奥まで走って進むと、カマネズミの群れを見つけて足音を消した。彼らは気配を感知する力も、魔物に見つからないコツも、確実に身につけてきている。
「ジェシカ、やってみて」
「うん。火魔法、中央に行くよ。『追撃!』『ファイア!』」
ジェシカは魔法を二発、綺麗に打ち込んだ。不意を突かれたカマネズミを、火矢で一匹、威力が増した火の玉で二匹倒した。
「弓行くよ、右手」
トーリはエルフの弓を構えると魔法の矢を連射して、三匹のカマネズミを倒した。
残りのカマネズミは六匹。マーキー、ギド、アルバートの三人が危なげなく倒す。
「うん、余裕があるね」
「ジェシカはどう?」
「問題なくできるよ」
彼らはそれぞれのナイフで魔石をほじくり出した。魔石を失ったネズミの身体は、跡形もなく消えていく。
と、その時。
トーリは町の方角から敵意を感知した。
「す」
リスのベルンも気がついたようだ。小さな指で町の方向をさしている。
(魔物じゃないですね。これは……)
彼はエルフの特性で、とても目がいい。『鷹の目』というスキルらしい。
立ち上がった彼の目に映ったのは、マーキーの困ったおじさんが、片手剣を抜いてこちらに向かってくる姿であった。




