第75話 この宿に来たい
「そうだ。マーキー、銀の鹿亭に移りたかったら、さっきのおじさんのことをジョナサンさんに相談しておいた方がいいと思うよ」
もう一杯ずつエールを頼んで、今度はのんびりと飲みながら、トーリはマーキーに話しかけた。
「なんだ坊主、トラブルか?」
自分の名前があがったせいか、店主がやってきた。
「うん。時間がある時に、相談に乗ってくれると助かるんだけど……」
「そんな顔をしなくていいぞ、新米の相談に乗るのはベテランの仕事ってことさ。客は来ないし、もう仕込みも終わったから今でもいいが……」
「お願いしまっす!」
ジョナサンは「エールを持ってこっちに来い」と、マーキーをカウンターに連れて行く。なぜかリスもついていく。
そこでマーキーは、村から出てきた経過と困った親戚のおじさんについて洗いざらい話したようだ。
内緒のところが済んだらしく戻ってきたマーキーは、ジョナサンに「ギルドマスターのシーザーさんにも、すでに事情を話してあるんだよです」と言った。
「銀の鹿亭に移ることを勧めてくれたのも、ギルマスなんだ、です」
下手な丁寧語にジョナサンは笑って言った。
「努力は認めるが、もうちっと気楽に話していいぞ。トーリのアレは身体に染みついたやつだからな。まあ、覚えておいて損はないから、お偉い人と話す時に真似をした方がいい」
「うん、そうする。トーリやアルバートは上手いこと話せるからいいなあ」
「俺、冒険者は腕っぷしが強けりゃそれでいいって思ってたわ」
マーキーとギドに、ジョナサンは「もちろん腕っぷしは大事だぞ。だが、力では解決できないことが世の中にはたくさんある。マナーや適切な言葉遣いは、世の中を渡るための武器だと思えばいい」と子どもたちに教えた。
「ジョナサンさんも、貴族の依頼を受けたことがあるの?」
「護衛依頼を受けたぞ。その時は同じパーティのちゃんとしたやつに丸投げしたがな、わっはっは。俺は腕力担当だ」
「……駄目じゃん!」
ギドが突っ込んだ。
と、銀の鹿亭の食堂に宿泊パーティが帰ってきた。
「ただいま、ジョナサン。夕食はできているか?」
「マグナム、風呂に行ってくるのが先だぞ」
「迷惑をかけたら銀の鹿亭を追い出されちゃうよー」
「わたしは付き合わないぞ。ひとり部屋を取ったから、マグナムが追い出されてもずっとここにいる。心配無用だ」
「イザベル、そいつは冷たいってものだ」
「臭いとモテないゾー、マグナムくん」
「ぐぬうっ」
賑やかに入ってきたのは、仕事を終えた『烈風の斬撃』である。
風呂うんぬんは、ダンジョンの魔物は倒せば魔石とドロップアイテムになるので返り血がないからマシなのだが、やはり大汗をかいているので身体の汚れはある。臭いもある。あまりにも臭いと食堂に迷惑なのだ。
「おー、お疲れ。リシェルの言う通り、綺麗にしてから食え。風呂が面倒なら裏で水を浴びてこい」
「お帰りなさい」
トーリは憧れの人たちの登場でピキッと固まったマーキーとギドを横目で見ながら声をかけた。
「お帰りなさいですけど、他のおきゃくさまのごめいわくはダメなのよ。綺麗にしてくれるとたしゅかります」
奥からトコトコとやってきた看板幼女のロナに諌められて、マグナムは大きな身体を縮めるようにして「はい、すみません」と言った。
その姿が哀れに思ったトーリは「よければ浄化をかけましょうか? 僕、練習してるんですよ。だいぶ範囲が広がってきたところです」と声をかけた。
「トーリは優しくていい子なのだ」
無表情エルフのイザベルに撫でられたトーリは「いや、おっさんですので」ともそもそ言った。
「んじゃ、かけますよー」
トーリは上半身、下半身と二回に分けながら、『烈風の斬撃』たちに浄化魔法をかける。
「トーリお兄ちゃん、ロナもー」
「はい、ロナちゃんにも浄化」
「俺も」
「はい、ジョナサンお父さんにもねー、浄化」
(使うたびに魔法の威力が上がるから、楽しいですね)
周囲の魔力を使い放題のエルフなので、彼は魔法を使うのが楽しくて仕方がない。最近は、なんとか得意の水魔法を攻撃魔法に育てられないかなと考えていたりする。
「そういえば、このテーブルの子たちはトーリの知り合いか?」
パーティリーダーのデリックが尋ねた。
「そうですよ。彼は片手剣のマーキー、あとは槍のアルバート、棍棒使いのギド、魔法使いのジェシカです。ギルドの初心者講習を一緒に受けた縁で仲良くなって、今日は一緒に狩りをしてきました」
「あら、そうなの。こっちはリーダーのデリックにマグナム、拳闘士のイザベルにわたしが斥候のリシェル。お友達の皆さん、よろしくね。同期と仲良くするのはいいことよ。冒険者は横の繋がりが大切だからね、繋がった縁は大切になさいな」
トーリはリシェルに頷いた。
「たまたましっかりした子が集まってね、彼らはパーティを組む予定なんですよ。僕はソロでやっていくつもりだけど、たまにこうして一緒に行動してるんです」
「早々とメンバーが集まったんだな。それはよかった」
デリックが言った。
「……トーリはまさか、いじめられたりしていないだろうな」
鋭い視線で子どもたちを値踏みして、ズレたことを言うのはもちろんイザベルだ。そしてリシェルに「あんた、子ども相手になにやってんのよ!」とどつかれている。
「イザベルさん、心配してくれるのはありがたいですが、僕の友達を悪く言うのはやめてもらえますか?」
「あうっ、すまん、そんなつもりではなかったのだ!」
「あと、僕っていじめられやすそうに見えますか?」
「そんなことは、ないが、子ども同士というのはトラブルが起こることもあるし、念のため、ちょっとだけ確認してみただけだ」
「そういうのはいらないです」
「す!」
トーリとリスに叱られたイザベルは「すまん、違うんだ、そんなつもりじゃなかったんだ」としょんぼりして、子どもたちは目をぱちくりさせながら残念過保護エルフを見たのであった。




