第72話 相談するといいよ
「僕に用事って、なんですか?」
「す?」
肩にリスを乗せたトーリは一歩前に出て、年上の冒険者に対峙した。
「おまえ、うちのパーティの荷物持ちに雇ってやる。明日、草原の奥で狩りをするから来い」
「先輩パーティが特別に狩りの指導してやるからな。一日で銀貨五枚やる。悪くない話だろう」
「森から魔物を連れて来いよ。倒すのは俺たちだから、本当なら無料でやってもらうところだぞ」
「逃げ足だけは速いらしいな。少しは貢献してもらおうか」
武装した若者たちはトーリを囲むようにして、口々に勝手なことを言う。
「トーリは……」
マーキーたちがなにかを言いかけたが、トーリは手で制して言った。
「お断りします」
「なんだと?」
「初心者のガキが生意気言うんじゃねえぞ!」
若者たちは気色ばんだが、トーリは意にも介さず満面の笑みで「だって、僕にはなんのメリットもない話ですよ」と言った。
「僕を荷物持ちとして一日拘束するなら、受けるとしたら金貨二十枚はもらいます」
「なに?」
「受ける気はありませんけどね。もっと有意義な時間の使い方をしたいので」
「てめえ、言いたいことを言いやがって! 断るなんて許さねえからな」
「なにを言ってるんですか。というか、もう少し危機管理能力をつけた方がいいと思いますよ。あまりにも無謀な計画です」
トーリは諌めるように言った。
「あなた方は、カタコブイノシシを倒す力はありますか? バッファローバードは? 僕に大物を連れてきてもらって、余裕で倒す実力があるなら、とっくに森に入っていそうですけれど、現在は小物狙いしかしてないんじゃないですか?」
「おまえらのようなガキができるんだ、俺たちにできないわけがない!」
「さて、どうでしょうか。僕たちはお互いに信頼し合って、何度もパーティ狩りをしていますけど、あなた方のことはまったく信用していませんよ。そんな状態で上手くいくわけがないでしょう。突然、言いがかりのような誘いで『おまえを格安でこき使うぞ』って言われたら、僕だっていい気持ちはしませんし」
「なんだと?」
「ねえ、本当に考えなかったんですか? 誰もいない草原の奥で、僕がうっかりドクヒョウの群れを引っ張って来て、あなた方に『はい、倒してください』ってなすりつけたら、どうします?」
「……」
「もしくは、運悪くバッファローバードを二匹連れてきちゃったりしてね。普通にありえますよ。僕は逃げ足がすごく速いから、森の木の上に避難するのは簡単ですけど、強い魔物の群れに襲われたあなた方は、ずたずたに引き裂かれて美味しく食べられちゃうでしょうね。まあ、よくある不幸な事故です」
「……」
「誰も見ていないんだから、遺品を拾って帰って僕が『事故でパーティが全滅しました』って言えばそれで処理されますね」
「……」
「こんな風に脅して僕を連れて行ったら、そういう目に遭うかもしれないって、そこまで考えた方がいいです」
若者たちは、青くなったり赤くなったりしてトーリを睨みつけた。
「冒険者にうまい話なんてないんですよ。実力をつけていくしか道はないんです。見たところ、草原の半ばで止まっているみたいですけど、冒険者ギルドの講習は受けていますか?」
「いや、そんなもの、金の無駄だし……」
「無駄じゃないですよ。ギルドでは格安で、熟練の冒険者の講習をいろいろ用意しています。自分のパーティの強みと弱点を、実力者の目で見てもらってアドバイスをもらったら、どこを改善したらいいかがわかると思います。こんな子どもにたかるような真似をしたって強くなれませんよ」
ぐうの音も出ない、というのはこのことだった。
「今すぐギルドの総合受付に行って、シーザーさんになにが困っているのかを相談してください」
「いや、おまえらみたいに贔屓されてる奴らとは……」
「贔屓なんてされてませんよ。必要な相談をしているだけです。ギルドマスターは、このミカーネンダンジョン都市の冒険者を強くしたいんですから、絶対に、あなた方が強くなれるように力になってくれますよ。相談に行ったことないでしょ? 初心者講習も受けてない? なにやってるんですか! 無料で受けられるんですから、利用しない手はないでしょう!」
「自分たちの力で強くなろうと……」
「天才は我流で一流になれるかもしれませんけど、そんなのはごく一部の話ですよ! 強い冒険者の指導を受けることで、近道を進めるんです。ほら、シーザーさんに相談に行って! ほら! 悩んでる時間がもったいないから!」
若者たちは「お、おう」ともごもご言いながら、トーリに追い立てられて冒険者ギルドへ向かった。
「……おまえ、すげえな」
にこにこしながら「ちゃんと相談するんですよー」と手を振って「おう!」と返事をもらっているトーリに、マーキーが言った。
「俺は、絶対に喧嘩になるって思ってたぞ」
「そそ、喧嘩してぶちのめそうってワクワクしてたのにさ!」
「トーリは言葉でぶちのめすんだねえ」
アルバートがくすくす笑いながら言ったので、トーリは「心外だよ! 僕はあの人たちにとってなにが一番いいか考えてアドバイスしたのに」とほっぺたを膨らませた。
「怖い目に合わせてからでもよかったんじゃね?」
「ギドったら、なに言ってるの。まだ若いんだから、焦って突っ走っちゃうこともあるけどさ、修正が効くなら道を正してあげるのが年長者の勤めだと思うよ」
「いや、あっちが年長者だろ」
「僕は三十九歳なの! さっきのやんちゃ坊主よりも年長者だもん」
「いやおまえ、エルフだしなあ……」
ジェシカに「大人ぶったトーリくん、可愛い」と頭を撫でられてしまい「僕はおっさんなんだよう……」と赤くなるトーリであった。




