第67話 『烈風の斬撃』
「『烈風の斬撃』のデリックさん、ですか」
「そうだ」
「初めまして。僕は駆け出しの冒険者で、トーリと言います」
そこにイザベルが割り込んだ。
「この子はニホンレットーはグンマーのカザマのトーリだ。エルフの一族だ。しかし、風の間の部族は……すでに……」
あまり表情がないのに涙もろいというイザベルは、この世界でひとりぼっちのトーリの身の上を思いまた涙してしまいそうになり、デリックに「おまえは落ち着け。その調子ではかえってこの少年の迷惑になる」と小突かれていた。
(悪い人じゃないんですけど。不器用なエルフなんでしょうね……もしかして、外見が美しすぎてコミュニケーションに支障が出ているのかな?)
ちん、と鼻をかんでから、イザベルがトーリに言った。
「トーリ、わたしはまだ未熟な冒険者の身の上であるが、後ろ盾が必要ならば力になるぞ。同じエルフとして助け合おう」
「ありがとうございます」
「では、弓の誓いを立てるか」
「え?」
(それはなに?)
トーリがエルフなのは、調和の女神アメリアーナが彼の理想のゲームキャラに転生させてくれたからであって、親も親族もエルフというわけではない。そのため、エルフの常識も慣習も知らない。
「イザベルさん」
「なんだ?」
「実は風間の一族は他のエルフとの交流もなくて、独自の部族なんですよ。だから、僕はエルフ的なことはよくわからなくて……」
「そうなのか、なにか事情がありそうだな。それならば、同じ冒険者仲間として力になろう。そのように肩に力を入れずとも良い。力を入れていいのは己の拳だ」
「はい……え? 拳? 弓じゃなくて?」
イザベルはむん! と拳をかまえた。あきれ顔のデリックが「イザベルはこんななりをしているが拳闘士で、うちの前衛を担当している」と説明した。
「エルフなのに弓じゃないんですね」
「わたしの一番の武器はこの拳だ。しかし、さらに『ミスリルの爪』を装備することはやぶさかではないぞ!」
「……最近、ダンジョンの宝箱から『ミスリルの爪』という拳闘士用の強力な武器を手に入れたからな、ご機嫌なんだ」
「素手が基本だが、『ミスリルの爪』を装着するとなおいいのだ」
まったくの無表情で一見わからないが、今の彼女はご機嫌らしい。
「少年トーリよ、わたしの『ミスリルの爪』が魔物を切り裂く様を見たいか? ならば共に冒険に行こうではないか! よし、明日の朝、夜明けと共に……」
「ごめんなさい、明日は友達と狩りに行くので」
「……」
「あと、レベルが違いすぎて、一緒に狩りに行くのは難しいんじゃないかな」
「……」
「僕はまだGランクだから、森にも入れないんです。ダンジョンはまだまだ先の話ですよ」
「……」
イザベルは無表情のままで固まっている。トーリにお断りされたので寂しくなったらしい。布を取り出して、また鼻をちん、とかんだ。
トーリは『なるほど、この人は残念エルフお姉さんなんですね』と納得し、片手で顔を覆っているデリックに同情した。
『烈風の斬撃』のメンバーは他にも二人いる。あとから銀の鹿亭にやってきたのは、斥候で二刀流のリシェルという女性と、大剣使いのマグナムという大男だった。
二人ともすんと鼻を鳴らすイザベルを不思議そうに見たが、トーリがエルフだと気づくと「そうか、知り合いと再会したんだな」と誤解した。
とりあえずテーブル席に座って、エールを一杯ずつ頼む。
イザベルはトーリの隣に座ったのだが、ちょっと近い。顔は無表情なのだが、じわじわと寄ってくる。ちょっと怖い。
「トーリ、まだ飲めるか?」
彼はジョナサンに「僕はジュースにしてください」と答えた。
この身体はまだまだ成長の途中らしく、エールを二杯飲んだら酔いが回ってきたのだ。
「あまり感情を表に出さないイザベルが感激しているところを見ると、もしかすると、エルフ君は久しぶりに会えたイザベルの肉親なのかな?」
グラマラスなイザベルと対照的にほっそりとしたリシェルが、エールを飲み干してトーリに尋ねた。
「ふむ、そう言われてみると、顔立ちが似ているような気がするな」
マグナムが頷いているが、そんな事実はない。まったくの気のせいだ。
「いえ、僕は……」
「トーリとわたしは血よりも濃く繋がった魂の姉弟なのだ!」
イザベルが勝手に肉親以上の座に座ろうとしたが、リスのベルンが「す!」と鋭く否定した。
「このリスちゃん、可愛いねえ」
テーブルの真ん中に陣取るベルンの頭を、リシェルが人差し指で撫でた。相変わらず女性に大人気のリスである。ベルンは満足げに木の実をかじった。
「イザベルさんとは、今日が初対面なんです。でも、エルフの知り合いがいない僕に親切にしてくださっています」
「そうか。世渡り上手ではないが、気のいいやつだから仲良くしてやってくれ」
「はい」
マグナムの言葉にイザベルがうんうんと頷いたところまではよかったのだが、そのあとに「寂しかったらお姉ちゃんが一緒に寝てあげてもいいぞ」と問題発言をしたので、トーリは椅子から落ちそうになった。
「イザベルさん、なにを言っているんですか! 距離の縮め方が勢いあり過ぎですよ!」
彼は立ち上がって抗議した。
「あんたってそういう趣味だったの? 男嫌いのあんたに春がやってくるのは歓迎だけど、さすがに子どもに手を出すのはまずいって!」
「イザベル……そういう意味での『仲良く』はやめておこうな」
リシェルとマグナムはイザベルを諌め、デリックは両手で顔を覆ってしまった。
「なにがまずいのだ? うちの村では、兄弟姉妹は床の上で並んで寝るのが当たり前だが」
不思議そうに首を傾げているが、イザベルは残念だけどたいそうな美人エルフなのだ。中身がおっさんなトーリには刺激が強すぎる。
「あのですね、僕はもう三十九歳の大人なんです。おっさんなんです。女性と、その、部屋を共にするとか、そういうことは冗談でもできませんから」
トーリは真っ赤になって抗議したのだが。
「なんだ、まだまだ子どもではないか。いいのだぞ、三十九なら親を恋しがってもおかしくない年頃だからな」
「おかしいですってば!」
「ちなみにお姉ちゃんは八十二歳だ」
(この美人エルフ、うちのおばあちゃんと同い歳だったーっ!)
どう見ても二十歳前にしか見えないイザベルを見て、トーリは『エルフ恐るべし!』と慄いた。
「もう成人している。だから、トーリはわたしに甘えていいのだぞ。遠慮はいらない」
「いいえっ、べっ、別の形でっ、甘えさせていただきたく思いますので!」
無表情な『お姉ちゃん』は「そうか。なんでもお姉ちゃんにおねだりするがいいぞ」と満足そうに言ったのだった。




