第63話 草原でソロ狩り
トーリは走りながら肩のリスに話しかけた。
「ウサギやネズミは魔石が小さいから、今日はもう少し大きな魔物を倒そうと思うんですが」
「す!」
リスは『いいぜ!』と鳴いた。
トーリが冒険者ギルドの図書室とシーザーとの雑談で得た情報によると、この初心者向け狩り場である草原に現れる魔物はミツメウサギ、カマネズミ、そして無害なスライムがほとんどで、『普通の森』に近づくとカタコブイノシシも森から出てくる。これは大型の魔物で攻撃力もあるので、慣れない者は注意が必要だ。
森の近くではその他に、やや難敵なトカゲゴブリンが出たり、肉が美味しいので高値で売れるウリボアという一メートルくらいのイノシシに似た魔物が五〜八頭程の群れで現れる。
戦いに慣れて、身体強化魔法の操作も上達したトーリは、ウサギやネズミなら群れで出てきても、弓の連射で先制攻撃できて、あとはナイフで危なげなく倒せるようになっている。
けれど、ウサギは肉と毛皮が安くではあるが売れるけれど、ネズミは魔石以外は換金できない。
マジカバンとアイテムリストの使い方をいろいろ工夫したトーリは、イメージを固めることによって収納したネズミの魔石以外を捨てる、という方法により、一匹ずつ切り裂いて魔石をほじくり出すという作業から解放された。
だが、この方法だとなぜか解体扱いになるらしく、ネズミの死骸が風化せずに残ってしまい、困っていた。
ネズミといえど、カマネズミの身体はウサギよりも大きいため、穴を掘って埋めるのは重労働なのだ。マジカバンの初心者セットの中にスコップがあったため、なんとかなったが、そうでなかったら死骸の小山を前にして泣いていたかもしれない……。
今のトーリは、素早い身のこなしと優れた持久力で、負傷することなくひとりでカタコブイノシシを倒すことはできる。だが、とどめをさすための攻撃力がまだまだ弱いので、時間がかかりコスパがよくない。そのため、本日はトカゲとウリボア狙いだ。
「もっと攻撃力を上げるためには、どうすればいいでしょうかねー。ナイフだと、どうしても決め手に欠けるな。思いきって片手剣にチャレンジしてみようかなあ」
草原には軽く切り裂けて一撃で倒せる魔物しかいないのだが、森やダンジョンを目指すとなると切り裂きも突きも浅いハンティングナイフでは心許ない。
弓の方は爆発矢に込める魔力を多くしたり、連射にすることでいくらかはカバーできるのだが、パーティならともかくソロとなると、攻撃力不足は距離を詰められた場合が怖い。
「すー、すすっ」
リスは『やりたけりゃやってみれば? マジカバンがあるし』とばかりに鳴いて、カバンを手で示した。
「何種類も武器を携帯できるのは強みですよね。アメリアーナ様のおかげです、ありがとうございます」
トーリは走りながら女神に感謝の祈りを捧げた。
まめにトーリが祈るので感謝パワーがたっぷり溜まった女神が、神界で『あの子にもっと加護をあげたいのに。早く教会に来ないかしら』とそわそわしていることを、彼は知らない。
森の近辺まで走ってきたトーリは、肩のリスに「森の中に複数の魔石の気配がします。弓を打ち込んで釣ってみます」と声をかけて、マジカバンから弓を取り出した。
元々気配感知が得意だったトーリは、草原でソロ狩りしているうちにスキルレベルが上がり、人と魔物の違いがわかるようになっていた。魔物は魔石とそこからエネルギーを引き出す魔力核が必ずセットになっているのだ。
彼は足を止めずに弓を構えると、魔力の矢をつがえて、木々の隙間を通るように射った。
ふぎい、という悲鳴が聞こえた。
「当たった」
彼は弓を収納すると、ハンティングナイフを引き抜いて構えた。
森の中から、怒りで我を忘れた様子のシマシマ模様のウリボアが
現れて、トーリに向かって爆走してくる。少し間をおいて、四匹のウリボアが続いている。
まっすぐ突っ込んでくるウリボアとすれ違うと同時にナイフを閃かせて、彼は顔面を切り裂き、そのまま宙返りをして止まったウリボアの脳天に突き刺してとどめを刺した。
刃を素早く引き抜き、仲間をやられて怒り狂うウリボアの群れを引き連れてジグザグに走り、ふるいにかける。そして、追いついて来たものから冷静に倒していく。
トーリの動きに翻弄されたウリボアは、速度を落として右往左往した挙げ句、すべて仕留められてしまった。
トーリは右手にナイフを持ったまま、左手でウリボアに触れて、次々にマジカバンの中に入れていった。
「五匹いけましたね。あっ、コブができかけているのがいました、ラッキー」
稀に額にコブがあるウリボアがいて、中に魔石がもうひとつ入っているのだ。
「す!」
リスが警告の声を発した。
トーリは気配を伺いながら、気づいていないふりをする。
森から続く草むらの中を、三つの気配が近づいて来ていた。そして、ウリボアを拾うふりをするトーリの近くまで寄ると、一斉に飛びかかって来たが。
「ギャ!」
胸をトーリに切り裂かれて、魔力核を壊された一匹が絶命した。彼は落ち着いて、二匹の魔物と向かい合う。
(二足歩行の魔物、トカゲゴブリンですね)
トーリの胸くらいの身長の、緑色の身体にトカゲの尻尾が生えた、醜い小鬼だった。トカゲゴブリンは連携するほどの知能がないので、すぐにトーリに倒される。
「ダンジョンの魔物との違いは、群れを作っていても仲間同士で力を合わせるということができない、という点ですね。素早く動けば簡単に倒せます。ナイフ向けの魔物です」
「す!」
「さあ、他にも森から誘い出せそうな魔物はいるかな?」
トーリはトカゲゴブリンもマジカバンに入れると、新たな獲物を探して森の浅いところ足を踏み入れた。




