第62話 装備は万全だがおしゃれすぎる
「おはようございます、シーザーさん」
「よう、トーリ」
冒険者ギルドのギルドマスターであるシーザーは、訪れるたびに律儀に声をかけてくるトーリににやりと笑いかけた。
「今日も草原か? だいぶ装備が整ってきたじゃないか……リスの」
リスのベルンはシーザーに向けてサムズアップをしながら、少しニヒルな感じに「す……」と鳴いた。
その首には青い布製の首輪がつけられていて、縫い付けられたたくさんのビーズが光を反射して美しく輝いている。ちなみにこれは、攻撃を受けたら数回は身代わりになるという、優れた防御効果がついた立派なリス用の防具なのだ。
さらに小さな魔石も付いていて、これには魔法を弾く効果があるらしい。
そして今日のベルンは、頭に木の実の殻を加工したちっちゃなカブトをかぶっていた。インクで複雑な模様を描いた上から塗装されたこれも、リス用の防具なのだ。
ちなみに両方とも、製作したのはマギーラ洋品店の天才デザイナー、マギーラ・ジェッツである。
「リスもいいんだが、おまえ自身も少しは防具を用意したらどうなんだ? そんなおしゃれな服だけじゃ、この先どんどん強くなる魔物と戦うには無防備すぎるぞ。金はそこそこ儲けているんだから、必要なところに使えよ」
「あはは、おしゃれな服、ですか……」
トーリは胸元と袖口にさりげなくフリルがついた白いシャツに、淡い紫色の生地に臙脂色と紺色の植物柄の刺繍が施されたベストを見て苦笑した。彼はその上から焦茶のコートをふわっと着ていて、いざという時にはリスが背中に隠れることができるようになっている。
ちなみに下は、焦茶の柔らかくて動きやすい革のパンツに、黒い革のブーツを履いている。
「実はですね、シーザーさん」
トーリは総合受付に身を寄せると、そこに座ったシーザーに小さな声で「このシャツとベストには、かなりの防御力があるんですよ。マギーラ洋品店って知ってますか?」と言った。
「Dランク冒険者のマギーラがやってる服屋だろう? ああ、そういえばあいつは製作と付与魔法のスキルを持っていたな」
「はい。その天才的なマギーラさんがですね、センスをフルに活かして、冒険者のための特殊効果付きの服を作ってくれたんですけれど……こう、魂が揺さぶられるパッショネイトウェーブがトルネードライクな……なんか、そういうものがビビッと来てしまったらしくて、ですね」
「ふむふむ、わからんな」
「才能のほとばしるままに作ってくれたのはいいんですけど、布地の材料がシルキーアラクネクイーンだそうで」
「……貴族や王族の服に使うやつじゃねえのか?」
「らしいですね。着心地は抜群で、伸縮性もあって破れにくい優れものなんですよ。そこにこのように、レインボーシャインアラクネがドロップする貴重な糸で、特殊効果が得られる刺繍をふんだんにしてくれまして、ですね。さらにその効果を倍増するフリルもこのようにあしらってくださいまして」
「おおおおう!」
「この通り、耐火耐寒耐雷毒防御付きの、自動修復汚染防止加工もばっちりな、このままダンジョンの低層界までお散歩に行っても大丈夫だという服が完成してしまったわけですよ。ちなみに僕専用の防具だそうです。ベルンの装備は特別サービスでつけてもらいました」
「……なんてこった」
トーリがとほほという顔で「五十回の分割払いです。僕のお財布はすっからかんですよ」と言うと、シーザーも「ううむ……いい買い物ではあるが……Gランクの装備じゃねえぞ、それ」と口元をひくつかせた。
というわけで、分割払いの借金を抱えてしまったトーリは、草原の魔物の間引きという常時依頼をこなすために、今日もひとりで出かけて行く。
「明日はマーキーたちと一緒に狩りに行けるから、多めの収入が期待できるし、明後日は治療院の手伝いですからね。大丈夫、なんとかやっていけるはずです」
「す!」
「そうですね、ベルンという頼もしい仲間もいることですしね」
トーリは草原でソロ活動をしているのだが、それは普通のリスであるベルンの特殊な才能のおかげであった。
このリスは迷いの森で生きてきたせいか、とても賢くて勘がいい。そして、野生の気配感知能力に長けていたため、フィールドに出ると有能な見張りとして活躍するのだ。
ちなみにトーリは迷いの森の精霊であるピペラリウムと仲が良く、森で採取できる果実を取り放題なので、高く売れるそれを買取り所に持っていけばすぐに大金が手に入るのだが、本当に困った時以外にはその手は使いたくないと考えていた。
調和の女神アメリアーナの加護を受ける身で、彼はちょっとずるい生き方はしたくなかった。
怖い顔に生まれてしまい、他人とコミュニケーションをほとんど取れずに生きてきたトーリが日本で命を落として、美麗なゲームキャラのエルフの姿で転生したことだけでもう恵まれすぎている身の上なのだ。
顔は怖いが根が真面目なトーリは、この世界では身の丈にあった生き方をして、自分の力で人生を切り開こうと決心していた。
「ベルン、このまま草原の奥まで走りますよ」
「す」
リスは身体を低くして、トーリの肩にしっかりとつかまった。
トーリは身体強化をかけると、万一に備えて肉厚なハンティングナイフを手にしながら人の少ないところを選び、草原を突っ切って、森の見えるところまで走り抜ける。
毎日手入れを怠らないこのナイフは、ここ数日の近接戦闘でたくさんの魔物の血を吸ってきた凶悪な刃物だ。
トーリは本来ならば遠距離攻撃タイプで弓が得意なのだが、ひとりで多数の魔物と戦闘する時にはどうしても手数が必要なので、見晴らしのいい草原では主にこのナイフを使用している。
森の中に入るようになれば、身を潜めながら弓で狩りをするというエルフ本来の方法になるだろうが、彼はこの機会に近距離戦闘の腕も磨いておこうと考えていた。
風のように走り、かまいたちのように獲物を切り裂くエルフの冒険者は、まだ駆け出しのGランクでありながらその存在感を強く示していた。
さらに彼は、肩に乗せたリスと会話しながら歩く、ちょっと危ない感じの美少年エルフとしても有名になっていた……。




