第61話 治療
青い小鳥はトーリにアリスの脈を再びとらせた。
「どう?」
「しっかりと規則的に打っています」
「発熱もおさまったし、顔色もいいわ。どうやら上級回復薬を全部使って治しきっても大丈夫そうね」
小鳥は満足そうに囀った。
「薬も回復魔法も、その人自身が身体を治す後押しをするものなのよ。だから、限界以上の回復は逆に負担となってしまい、よいことがないの。特に上級回復薬を使うとなると、診察ができる人が一緒じゃないと危険が伴うから、使う時にはなるべくわたしが同席するようにしているのよ」
ベルナデッタが薬師として名高いのは、薬を作っておしまいなのではなく、責任を持って使うところまで見届けるという職業意識の高さにあるようだ。
「そうなんですか。薬を使って余計に具合が悪くなったら、意味がありませんよね」
トーリは頷いた。
「あなたは回復魔法の使い手だから、人の身体への理解と知識が必要なのだけれど……どうやらすでに持ち合わせているみたいね。どこで学んだのかしら」
「あは、あははは」
日本の義務教育で習ったと教えるわけにはいかないので笑ってごまかすと、ベルナデッタはなにかを察したようだ。
「さて、それでは残りの薬を水に入れて、アリスさんに全部飲んでもらいますね」
トーリはもうひとつのカップの水の中に、薬の瓶の中身をすべて注いでアリスに渡した。アリスは「これ、とても美味しいんです」と言って、嬉しそうに飲む。
「トーリ、その人の身体が必要とするものは、薬でも食べ物でもとても美味しく感じることが多いのよ」
「薬って、苦いイメージがあるんですけど」
「それはきっと、未熟な薬師の調合した薬ね。腕のいい薬師が調合した質のいい薬は、大抵は飲みやすくて美味しいのよ」
「なるほど、勉強になります」
そう会話している間に、アリスは薬を全部飲んだ。
「ごちそうさまでした……あら、間違えてしまったわ」
おやつをもらった後のように言ってしまったアリスは赤面した。
「大丈夫よ、アリスさん。これで治療は終わったけれど、今日一日はゆっくりと休んで、回復薬の効能を身体に巡らせてね。明日起きたら、病気になる前よりも健康になっているはずよ」
「はい、ありがとうございました」
「魔女様、トーリさん本当にありがとうございました」
「お母さんを治してくれてありがとう!」
ヘラルとティアが、喜びに顔を輝かせて言った。
「いえ、僕も大変勉強になりました。こちらこそありがとうございました」
「す」
リスのベルンはなぜか偉そうに頷いている。
「お大事になさってね。なにかあったら、トーリを通じて連絡をくださいな」
「はい、魔女様」
トーリと小鳥とリスは、木の実屋一家のうちをあとにした。そして、小鳥をベルナデッタの屋敷まで送る。
「飛んで帰ってもよかったのに」
「女性をひとりで帰すわけにはいきませんよ」
「ふふふ、紳士なのね」
「す!」
「ほら、ベルンも当然のことと言ってますよ」
「本当かしら。ところでその子はオスなの? メスなの?」
「すー」
「秘密なんだそうです」
「じゃあ女の子かもしれないわね。女は秘密が多いものなのよ」
「へえ、そうなんですか。勉強になります」
肩の小鳥とリスとそんな話をしながら歩くトーリとすれ違う人のほとんどは、振り返って二度見をするのだった。
ダンジョン都市に来たばかりだというのに、トーリは『変なエルフ』としてある意味有名になっていた。
小鳥をベルナデッタのもとに帰すと、トーリは冒険者ギルドへ向かう。今日の活動予定を決めるのと、マーキーたちとの狩りのスケジュール調整をするためである。
「おう、トーリ。ちょっと来い」
ギルドの建物に入るなりギルドマスターのシーザーに呼ばれたので、彼は『叱られるかな』と少し不安になる。思い当たることが多いからだ。
「木の実屋の嫁の件だが……」
「解決しましたよ。アリスさんの治療は終わりました」
「なんだって?」
「ベルナデッタさんに上級回復薬を譲ってもらったので使いました。あっ、もちろんベルナデッタさんに診てもらいながら、ですよ。明日には全快していると思います」
「そうか、ベルナデッタの店に行ったのか。おまえ、まさか借金なんてしていないだろうな? 上級回復薬なんて、駆け出しの冒険者が買えるような値段じゃないが……」
「大丈夫ですよ、借金は嫌いなので。っていうか、ここだけの話ですが」
トーリは声をひそめて「ベルナデッタさんに珍しい植物を売ったので、大儲けしちゃったんです」と言ってからにっこり笑った。
「シーザーさん、ごはんを奢ってあげましょうか?」
「ガキンチョに奢られてたまるかよ!」
頭をぐりぐり撫でられたトーリは「もう、乱暴にしないでくださいよ」と文句を言い、トーリの保護者を気取るリスは「すっ!」とシーザーの鼻の穴に木の実を詰め込んだ。
「うおう、とんでもねえリスだな」
シーザーがふんと鼻息を出して木の実を飛ばしたので、それに当たりそうになった冒険者が避けた弾みでつまずき危うく転ぶところであった。
「そうだ、ヘラルがトーリの実績になるようにと、嫁の治療を依頼として手続きしていったんだ」
「ヘラルさんが?」
「銀貨一枚の形だけの依頼だけどな。あるとないとでは大違いだから、よかったな」
シーザーの話によると、ヘラルは木の実の採取を冒険者ギルドへ依頼しているので、ちょいちょい顔を出す常連だとのことだった。だからギルドの仕組みにも詳しいようだ。
「これで二件、依頼を達成したことになる」
トーリは冒険者証を渡してデータを書き込んでもらう。
「今日はどうするんだ?」
「ソロで狩りをしてみます。後日、駆け出しのマーキーたちともパーティを組んでみるつもりなんですけど、ひとりでどれくらい動けるものかを確認したいので」
「そうか、無理せずにいろいろ試してみろ。冒険者生活は始まったばかりだからな」
「はい」
「あと、ラジュールから一度顔を出せと言われてるぞ。叱られる覚悟をしておけよ」
「あいつは俺みたいに甘くないからな」とにやにやしながら言われて、トーリは「うわあ……」と渋い顔をした。
「ラジュールさんに嫌われちゃったかなあ」
初めての友達(と、トーリは勝手に思っている)である騎士ラジュールともっと仲良くなりたいトーリは、顔を曇らせた。だがシーザーは「嫌ってるんじゃないだろうよ。むしろ、心配しているんだろうが」と言った。
「心配かけてごめんなさいしてくるんだぞ」
その足で門の詰め所にいるラジュールのところに行ったトーリは「駆け出しのくせに危ないことをするんじゃない!」と、怖い顔をした騎士から散々説教をされた。
「まだ子どもなんだから、ものの分別がつくまで大人の言うことを聞いて無茶をしないようにしろ」
「僕はもう、三十九歳のおっさんなんですけど」
「エルフの三十九はまだまだ子どもだ」
「……でも、ラジュールさんより歳上ですよ?」
「中身が伴っていないから、子どもだ」
ぐうの音も出ないトーリは、素直に「心配かけてごめんなさい」して、ラジュールにも頭をぐりぐりと撫でられたのであった。




