第59話 治るといいね
魔女ベルナデッタの店を出たトーリは、そのまま木の実屋ヘラルの露店に向かう。
日が沈みかけていて、町は仕事から戻った冒険者たちで賑わっていた。彼らはこれから、今日の稼ぎで美味しい食事と酒を楽しむのだ。
草原で活動する低ランクの冒険者は安くてそこそこ美味しい店に、ダンジョンを探索して高額の報酬を稼ぐ者たちはお高いが庶民的な店構えの店に行く。
どの店で食事をできるのかが彼らのステータスにもなっていた。
ただし、この町には貴族がやって来るような高級店は少ない。ミカーネンダンジョン都市は、基本的に戦士と彼らをサポートする商店で成り立っていた。
そのため、武器や防具、野営の道具や魔導具は領主都市よりも優れたものが売っている。薬もそうだ。腕のいい魔女ベルナデッタを始めとする薬師が回復薬や解毒薬、魔物除けなどを作って店に卸し、それが飛ぶように売れていた。
「ヘラルさん、お店はいつ頃までやっているんですか?」
「トーリさん! もう売り物がなくなるので、そろそろ閉めようかと思っていたところですよ」
アリスの調子がいいので、今は幼い娘のティアは家にいるとのことだった。
「そうですか。もう一度、アリスさんに回復魔法をかけておこうと思っているんです」
「ありがとうございます、本当に助かります」
ヘラルは何度も頭を下げる。それを、押しとどめながらトーリは言った。
「実は、ヘラルさんに相談というか、取引というか、いいお話があるんですけれど……こういう言い方をするとなんか怪しいなあ」
彼は自分で言っておいて笑ってしまう。
「僕、上級回復薬を手に入れたんです。これは病気に効き目があるのでアリスさんを治療できるんですけど……」
「じょ、上級回復薬を!? すごいなあ、さすがは冒険者だなあ」
ヘラルはため息をついて「そういうものを使えば、妻の病気がすぐに治ることは知っています。けれど、俺には薬代を用意することは難しいんですよ」と言った。
妻子持ちといっても、ヘラルはまだ二十代の青年なのだ。ダンジョン都市で木の実売りをしつつお金を貯めて、いつか店舗を構えようと考えているのだが、妻の病気が彼の蓄えを減らしていた。
「それなら、僕と契約をしませんか? この上級回復薬をお譲りする対価に、ヘラルさんの売る炒った木の実を毎日二回受け取る、というのはどうでしょうか?」
「……え? お金じゃなくて、木の実を?」
「はい。ヘラルさんの木の実は特に美味しくて、うちのベルンはもうこれ無しではいられないんですよ」
「す! す!」
リスは『その通りだ』と言わんばかりに、小さな拳を振り回しながら鳴いた。
「ヘラルさんにはこの味を長く守って欲しいんです、そのためにも、奥さんの病気を早く治さないと。お互いに利益のある契約になると思いますが、どうですか?」
「……嬉しいです。俺の木の実をそんなに気に入ってもらえたのも、将来のことまで考えて、薬を譲ってくれるお話をくれたのも、本当にありがたいです。トーリさんとリスの……ベルン? には、ティアのことといい、なにからなにまでお世話になって……」
ヘラルがほろほろと泣き出してしまったので、トーリは「ヘラルさん、落ち着いてください、木の実がしょっぱくなっちゃう、ね? あ、飴がけした木の実なんかもそのうち作ってみたらどうでしょうか、ナッツのキャラメルとか食べたいなあ」と、新しいメニューの話まで出してその場を収めようとしたのだった。
そのままヘラルの家を訪問したトーリは、ベッドに起きあがっていたアリスの身体全体に軽くアクアヒールをかけた。彼女は顔色がよくなり食欲も出ていたので、これなら上級回復薬を使っての治療に耐えられそうだと安心した。
「トーリさん、ありがとうございます」
「お兄ちゃん、ありがとうございます!」
「いいえ。僕の勉強にもなりますから」
「お兄ちゃんは明日も来てくれるの?」
「うん。詳しくはお父さんに聞いて欲しいんだけど、明日の午前中にお母さんの病気に効くお薬を使ってみようと思うんだ」
「お薬? それはよく効くお薬なの?」
「うん、よく効くと思うよ」
トーリは笑顔のティアの頭を優しく撫でた。
「夜に訪問してすみませんでした。また明日」
ヘラルとアリスはトーリに向かって深々と頭を下げた。
トーリも負けずに深く頭を下げると、夕飯を楽しみに銀の鹿亭へと戻っていった。
そして、翌朝。
銀の鹿亭で朝食を済ませたトーリは、魔女ベルナデッタの店へと向かった。
「おはよう、トーリさん」
「おはようございます、ベルナデッタさん。……その小鳥はなんですか?」
呼び鈴に応えて店のドアを開けたベルナデッタの指先には、いつも店内の籠に入っている青い作り物の小鳥がとまっている。
「この子を連れて行ってちょうだい。わたしの使い魔だから、この子の目を通して見ることができて、耳を通して聴くことができるの」
「使い魔、ですか」
トーリは精巧なロボットにしか見えない小鳥をじっと見つめた。すると偽物の小鳥が「そんなに見つめられると照れてしまうわ、エルフさん。わたしの名はシアンよ、よろしくね」と愛らしい声で囀った。
「うわ、喋りました!」
「そうそう、シアンを通して会話することもできるの」
ベルナデッタはトーリの左肩に小鳥をとまらせると、右肩のベルンに「仲良くしてあげてね」と声をかけた。リスは「す」と片手をあげた。そのままベルナデッタに「本当に可愛いリスちゃんね」と頭を撫でられたのでご満悦である。
「そうだわ、昨日の木の実、とても美味しかったわ。うちの者に買いに行かせようと思っているの。そのためにも、早く奥さんに元気になってもらわなくちゃね」
「そうですね。やっぱりヘラルさんの木の実は特別に美味しいですよね。どうしてなのかわからないけれど」
「す!」
「もしかすると、そのヘラルさんの特別なスキルなのかもしれないわ。教会に行くと鑑定してもらえるから、一度顔を出してみるといいわ。収入に応じた無理のない寄付で大丈夫よ」
「そうなんですか。ヘラルさんに勧めてみますね。それでは、行ってきます」
「す」
トーリは木の実売りの店へと向かった。




