第58話 回復薬、ゲット!
「どこに出しましょうか?」
薬草とはいえ、一万本ともなるとかなりの体積になるのでトーリが尋ねると、ベルナデッタは「わたしもマジカバンを持っているので大丈夫。直接やり取りできますわ」と言って、革製のハンドバッグを見せた。
「わあ、おしゃれですね! マジカバンらしくないかも。やっぱり女性の持ち物は違いますね」
赤茶色とベージュの二色使いのデザインのバッグを、ベルナデッタは「素敵でしょ? お気に入りなのよ」と言いながら手に持って、いたずらっぽくポーズをとった。
「持ち歩く時に違和感があると、すぐにマジカバンだとわかってしまいますからね」
「なるほど」
トーリは自分のマジカバンから、薬草をひと束出して見せた。
「数がわかりやすいように、十本ひと束にして来たんですけど」
「丁寧なお仕事ね。トーリは採取専門の冒険者にも向いていそうだわ」
ベルナデッタは「それでは、その薬草の束が千束こちらに移るようにと、カバンに触れて念じてくださいな」と言った。
「はい」
トーリはマジカバンの口をベルナデッタのハンドバッグにつけると、アイテムリストを表示して、そこに千と数字を打ち込み薬草が移動するように念じた。
この方法は珍しいらしく、ベルナデッタが軽い驚きを見せている。
「確かに薬草を一万本、受け取りました」
ハンドバッグに手を当てて確認したベルナデッタは、続けて「トーリ、今のおまじないはなにかしら?」と尋ねる。
「このマジカバンに入っているアイテムの一覧を表示して、たくさんある薬草のうちの千束だけそちらに移したんですけど……ベルナデッタさんのやり方は違うんですか?」
「わたしの場合は、念じると頭に浮かぶのよ。ほとんどの人がこの方法だと思うのだけれど……」
トーリはペンと紙を取り出すと、どのようにアイテム一覧を表示するのかをベルナデッタに説明して、彼女にもこの機能が使えるようにした。
「これは便利だわ! よい情報を教えてくれてありがとう」
「喜んでいただけて嬉しいです」
にこにこするトーリを見て『こんな貴重な情報を、対価も求めずに教えたりして……この子、とてもいい子なんだけど心配になってしまうわ』と、世間を渡りながらそれなりに苦労をしてきたベルナデッタは内心でため息をついた。
「じゃあ、浄化草も渡しますね」
「お願い」
やはり十本でひと束になった浄化草を、百束渡す。
「それで、回復薬を作る手数料なんですけど……実は、運よくベルナデッタさんが求めている珍しい植物を何本か持っていまして……」
トーリは机の上に、すでに入手していた時輪草と音留草、そして妖精たちがくれた朝露光草と虹欠片草を並べて、ベルナデッタを驚かせた。
「まあ、四本も! いったいどこで……いえ、ごめんなさい。これは冒険者にしてはならない質問だわ。それで、こちらは譲っていただけるのかしら?」
全身から『欲しいオーラ』を放ちながら、少女のように輝く瞳で彼女は尋ねた。
「もちろんですよ。これで手数料になりますよね?」
「ええ! そうね、朝露光草と虹欠片草はそれぞれ小金貨三枚、時輪草と音留草は金貨一枚が相場なのだけれど、それでいいかしら?」
「はい、大丈夫です……すごい額ですね」
ベルナデッタは、上級回復薬の手数料分の小金貨八枚を差し引いて、金貨一枚と小金貨八枚をトーリに渡した。リスのベルンは輝くコインを興味深げに見ている。賢いリスなので、これで木の実がたくさん買えると考えているのだろう。
「トーリさん、とても助かりました。ありがとうございます」
ベルナデッタは笑顔で植物をマジカバンにしまった。
「それでは、もう用意してある上級回復薬をお渡しするわ。とても効果がある分、使い方には注意が必要なのよ」
トーリは小瓶に入った上級回復薬を受け取り、マジカバンにしまった。そして、中にあった炒った木の実を「来る途中に、お土産に買ってきたんです。この木の実を売っているヘラルさんの奥さんのアリスさんという方に、この薬を使おうと思っているんですよ」と言ってベルナデッタに渡す。
「美味しそうな木の実ね」
「す! す!」
ベルンが『これはとても美味しいの』とベルナデッタに懸命に伝えたので、ベルナデッタは「そうなのね、あなたの大好物の木の実なのね」と優しくリスを撫でた。
「それで、どうして木の実屋さんの奥さんを治療することになったの?」
トーリは今までのあれこれとティアの暴走を説明して、またもや『この子、こんなに人が良すぎて大丈夫かしら』とベルナデッタの頭を抱えさせた。
「まあ、でも、そのアリスさんへの治療体験は、トーリにとって役に立つものになるでしょう。旦那さんの話によると、咳もおさまって食事を取れているし、顔色もよく長く起きていられるのね。トーリの使うアクアヒールは、水の魔法だから造血効果……つまり、身体の中の血液を増やす働きもある回復魔法なのよ。光のライトヒールより効果が低いけれど、人が回復するのに血液はとても大切だから、場合によってはアクアヒールの方が適切な回復魔法になるの」
「それは知りませんでした」
「人の身体にはたくさんの水が流れていますからね。水に働きかけて治すアクアヒールは、体力がない病人に向いているわ」
トーリは『それは幸運でしたね! もしかすると、幸運の紐のおかげかもしれません。アメリアーナ様、ありがとうございます』と心の中で感謝を捧げた。
「可能ならば、今日のうちにアリスさんに軽くアクアヒールをかけておけるかしら? そうしたら、明日の朝に安心して上級回復薬を使えると思うわ。この薬を使う交渉を、これからしに行くのよね?」
「はい、条件を提示してこようと思っています。その時に、アリスさんにアクアヒールをかけてきますよ」
「わかりました。そうね、明日の朝に一度ここに寄ってもらえるかしら? わたしも治療に同席しようと思うの」
「それは心強いです。ぜひお願いします」
「す」
木の実をかじりながら肩のリスも頷いた。




