第57話 薬草たくさん
そのまま数時間が過ぎて、トーリはようやく目を覚ました。むせるような新鮮な草の香りに包まれてまぶたを開いた彼は、自分が緑色の要塞の中にいることに気づき、驚いて身体を起こした。
「え? これはなに? ここはどこですか? ええっ、この壁は全部薬草ですか?」
「す」
ものすごく狼狽えているトーリの頭の上で、リスのベルンが足踏みをして落ち着かせようとした。
リスに頭のツボを踏まれた彼は、自分がもう日本にいないことを思い出し、薬草を集めるために迷いの森にやって来たことまで思い出し……彼の背丈よりも高い緑色の壁を見て「で、なんで?」困惑した。
実は、いたずら好きな妖精たちが薬草の束をとても綺麗に積み上げて、トーリの周りに高い壁を作っていたのだ。
「よいお目覚めかしら、エルフのトーリ?」
「ピピさん!」
見上げると、壁のてっぺんに座っていたピペラリウムが、足をぶらぶらさせながら「よく寝ていたわね」と笑った。トーリの慌てる姿が可愛くて、楽しい気分になってしまったからだ。
「大丈夫、魔物は来ないように結界で守っていましたわ。でも、ひとりで森に入った時にはこんな風にお昼寝をしてはいけなくてよ」
ピペラリウムに注意をされて、自分が魔物がいる森で眠るという危険な行動をしてしまったことに改めて気づき、彼は背筋をぞくりとさせた。
そして、ピペラリウムに「守ってくれてありがとうございました、ピピさん」と頭を下げた。
「どうやら魔法を使いすぎて、体調を崩してしまったみたいです」
「そのようね。水の精霊アクアヴィーラに聞いたのですが、トーリはこの世界にやって来て間もないのでしょう? 魔法の扱い方がなっていません、荒すぎます。魔法は確かに便利な力ですけれど、身を滅ぼす力にもなるのですわ」
「おっしゃる通りです、面目ありません」
トーリはしょんぼりと肩を落とした。
「もちろん、迷いの森の妖精であるわたし、ピペラリウムを信頼しての行動だとは思っておりますわよ。わたしもトーリに頼ってもらえたことは嬉しく思っておりますの。けれど、トーリが他所でこのような振る舞いをして、傷ついたり命を落としたりしては嫌なのです。おわかり?」
「はい。今後は充分に気をつけます」
「ならば、よろしくてよ。可能ならば、教師の指導の下で、魔法について基礎から勉強するとよろしいと思うわ。さあ、この話はこれでおわりにしましょう。この薬草の山を、トーリの鞄におしまいなさい」
「そうです、問題はこの薬草の山です。僕の意識がない間に、いったいなにが起きたのですか?」
ピペラリウムはくすくす笑って「妖精たちの可愛いいたずらですわ」と言った。
「先ほど共に探したティアちゃんのことを、妖精たちも気にかけていたのですわ。あの子のお母さんのために薬草を集めていることを教えたら、お手伝いしてくれたのです。皆、ティアちゃんに笑って欲しいんですって」
「妖精さんたちが……」
トーリは辺りを見回したが、恥ずかしがり屋で怖がりの妖精たちは姿を隠したままだった。
けれど、彼は深々と頭を下げて言った。
「ティアちゃんのために、こんなにたくさんの薬草を摘んでくださってありがとうございました。僕ひとりではとてもできなかったことです。これで病気のお母さんの薬を用意することができます、本当にありがとうございました」
彼の言葉を聞いた妖精たちが『女の子が、笑顔になるんだね』『笑うんだって』『よかった、もう泣かないね』と囁き合ったので、トーリはにっこり笑った。
『あら、エルフの子が笑ったわ』
「笑ったね、綺麗な笑顔だね』
『今日はいいものが見られたね、楽しかったしいい日だね』
『子どもの笑い顔は可愛くて大好きだ』
そんな言葉を風にさらりと流しながら、妖精たちはどこかへ飛んでいった。
トーリはとても暖かくて嬉しい気持ちになりながら、草の壁に手を当ててマジカバンに一気に収納した。
そして、アイテムリストを確認する。
「これはすごいです、薬草は一万本以上、浄化草も必要な千本を遥かに超えた二千本以上……それに、ベルナデッタさんが欲しがっていた朝露光草に、虹欠片草も入っています」
どちらも大変貴重なもので、一本あればそれで上級回復薬を作る手数料になると魔女ベルナデッタに説明されたものだった。
「トーリ、それであの女の子の助けになるかしら?」
「ばっちりですよ、ピピさん。これで必要な薬が手に入ります。今日はお願いばかりで、お茶会を開くこともできなくて申し訳ありませんでした」
「あら、いいのよ。トーリのいろんな姿を見るのもとても面白かったし、満足な一日でしたわ。そうね、次の機会こそ共にお茶を楽しみましょうよ。また遊びにいらしてね」
「はい、ぜひ!」
そして、トーリは右肩にリスを、左肩にピペラリウムを乗せて迷いの森の出口まで歩き(身体強化はピペラリウムに止められてしまった)彼女と再会を約束すると、ダンジョン都市へと歩いて向かった。
日が傾きかけた頃に町の入り口に着いたトーリは、顔見知りになった門番に「子どもはもっと早めに帰るようにしろ」と注意をされつつ、外壁の中に入った。
そのまま町の中を早足で歩き、ベルナデッタの店に行く。
彼は営業中の札の隣にある呼び鈴を押した。
『はい。あら、エルフのトーリさんね。どうなさったの?』
「薬草と浄化草を集めてきました」
『まあ、もう揃ったの? ずいぶん早いわね。お店にお入りくださいな』
「お邪魔します」
トーリが店内に入ると、すぐに屋敷からベルナデッタがやって来た。今回は目眩しの魔法を使っていないので、美しい若い女性の姿だ。




