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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第56話 親切な森の住人

「事情はわかりましたわ」


 小さな精霊は空中で腕組みをして、重々しく頷いた。


「わたしは森の精霊ですから、森に住む生き物たちの生死や命のいとなみに詳しいのです。人は動物よりもたくさんの事を考えますから、死に対する恐れや悲しみも強く感じ、親しい者との別れも衝撃を感じるのでしょう」


「はい、その通りです」


「ましてや先ほどの女の子はまだまだ未熟で母親を必要とする幼体であるからして、ここで母親を失うことにより心に傷を負い、願いを叶えられなかった森や湖に敵意を抱き、ゆくゆくは敵対して我々を滅ぼしにやってくる暗黒の女王に育ってしまう可能性がある……というわけなのですね!」


「いえ、そこまでは言っていません。ティアちゃんはそんな子ではないと思います」


「これは失礼いたしました。そうですね、可憐な女の子ですものね。ちなみにこの情報は、とある古代竜にお聞きした話からなんですのよ」


「この世界の過去に、なにがあったんですか!」


「とにかく、ティアちゃんという女の子のために力をお貸しいたしましょう。さあ、薬草が豊富な場所に案内いたしますわ……トーリ? どうかなさったの?」


 一瞬、目をつぶったトーリがふらついたので、ピペラリウムは首を傾げた。


「す?」


 リスも心配そうにトーリの頬に手を触れた。


「いえ、ちょっと立ちくらみがしちゃったかな。もう大丈夫ですよ、ピピさん、お願いします」


 ピペラリウムの案内で、迷いの森の中の奥深く、人がたどり着くことのない薬草の群生地へと導かれた。




「これはすごいですね! 以前この森を通り抜けた時にもたくさんの薬草を摘ませてもらいましたが、この場所は一面の薬草畑じゃないですか」


「どこかの妖精が、なんとなく増やしてから飽きて放置した場所ですの。妖精はとても気まぐれで訳のわからないことをしますが、今回は助かりましたわね。土に力があるため、摘んでも摘んでもすぐに生えますので、お好きなだけどうぞ」


「本当に助かります、もしもその妖精にお会いすることがあったら、お礼を伝えてください。ありがとうございます」


 トーリはしゃがみ込むと、根を残して薬草を摘んだ。こうしておくと、迷いの森の魔力で数時間で次の薬草が生えるのだ。前回摘んだ時に、妖精らしき存在がお手本にと摘んで見せてくれたので、トーリはそれを覚えていた。


「あれは植物の妖精だったのかな? 空飛ぶ薬草を見て驚きましたが……」


 森に住む妖精はピペラリウム以上に恥ずかしがり屋で、あまり姿を現さないのだ。そのため、トーリの目には薬草が自分からプチッとちぎれて宙に浮かんだように見えたのだ。


 トーリは薬草を十本摘むと、近くに生えている細い蔓草を使って束ねた。そして、マジカバンに入れていく。


 上級回復薬を作るためには一万本以上摘まなくてはならないのでなかなか大変だ。リスのベルンもトーリを手伝いたくて、ちょうどいい蔓草を噛みちぎって集めてきた。


「ありがとう、ベルン。助かります」


 彼は指先でリスの頭を撫でたが、ふっと身体の力が抜けて横倒しになってしまった。


「あ……れ……」


「す? す!」


 朝から身体強化をかけて走り回り、さらには病気のアリスにアクアヒールをかけたせいで、トーリの体内に多量の魔力が流れて体調を崩してしまったらしい。


「トーリ、どうなさいましたの? まあ、すやすやとお休みになっていますわね。大丈夫よ、リスのベルン。彼はお疲れなのでしょう」


 森の中の陽だまりで薬草に埋もれて、トーリは眠りこんでしまった。以前、アクアヒールを連発した時もそうだが、こうして眠ることで体内を巡る魔力のバランスが整うのだ。


 リスのベルンはトーリが眠っただけだとわかり「す……」と胸を撫で下ろした。


 金の髪をキラキラ光らせて眠るトーリの周りに、様々な色の光の球が寄ってきた。


『エルフの子、寝てしまったわ』


『寝たふりではなくて?』


『本当に寝ているから大丈夫だよ』


『わあ、これなら近寄っても怖くないや』


 彼らは森の妖精たちで、姿を現さずにトーリのことを観察していたらしい。


『ピペラリウム、このエルフはなにをしているの?』


『エルフの子は草を摘んでどうするんだい?』


 ピペラリウムは優しく言った。


「さっき女の子が泣いていて、とてもかわいそうだったでしょ? この薬草を摘むと、女の子のお母さんの病気が治るそうよ」


『病気……ってよくわからないね』


『草を摘んでくるんとすると、女の子は泣かなくなるの?』


「そうですのよ、病気が治るから、女の子は泣かなくなって、笑うのですわ」


 ピペラリウムの説明を聞いて、気のいい妖精たちは『それはいいね』『泣くのはかわいそうだから、笑わせてあげましょうよ』『くるんとすればいいのね』と口々に言った。

 彼らはとても恥ずかしがり屋で怖がりなのだが、小さな女の子が泣くのはとてもよくないことだと考える、優しい存在なのだ。


『エルフの子が寝ている間に、くるんとしたのを作りましょう』


『たくさんくるんとしておこうよ』


『これ、面白いね』


 妖精たちは薬草を摘むと、トーリの真似をして蔓草で縛った。

 ピペラリウムは浄化草も摘んで見せてから「この草もくるんとすれば、トーリが喜んで笑うわ」と妖精たちに教えたので、『エルフの子も笑うのね』と言いながら妖精たちは浄化草の束も作った。


 こうして、すやすやと眠るトーリの周りに、薬草と浄化草の束が山のようにできたのだった。


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