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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第55話 病気のお母さん

 トーリとそのあとを追いかける木の実売りは、住宅街に着いた。


「こ、ここが、我が家です」


 何軒かの家が長屋のように連なっていて、そのひとつが彼らの住居らしい。平屋のアパート、という感じだ。


 前屈みになり、ゼーハーと辛そうに呼吸をしながら、木の実売りのヘラル(と、背中のティアがトーリに教えてくれた)が「狭い所ですが、商売をするためにこのダンジョン都市に引っ越して来た人は、三年間家賃が割引してもらえるんです」と説明する。


「あの、大丈夫ですか?」


「面目ない、なんとか大丈夫です。さすがは冒険者ですね、ティアを背負ってあんなに走ったのに、全然平気そうで羨ましいです」


「無理しないでくださいね」


「お父さん……」


 娘に呆れたような悲しんでいるような目で見つめられた木の実売りのヘラルは『ティアから尊敬してもらえるように、身体を鍛えなければ』と決意した。


 やがて呼吸が整ってきたヘラルは「すみません、妻に説明をしてきますね」と先に中に入った。

 待っている間、トーリはティアに聞き取りをする。


「お母さんはいつから病気なの?」


「ええと、お父さんは『もう二月ふたつきになるな』って言っていたから、それくらいかな? お熱を出してね、それから咳が酷くなってしまったの」


「熱と咳、ですね。ティアちゃんとお父さんには熱と咳は出てないのかな」


「出てないの、元気よ」


(どうやら感染はしていないようですが……肺が悪くなっているのでしょうか)


「お母さん、今はお熱が出てないの」


「そうなんですね」


 熱が下がったのが回復したためならいいのだが、トーリは嫌な予感がした。もしかすると、熱を出す体力が残っていないのかと考えたからだ。


「ごはんはどれくらい食べられているの?」


「ティアより少ないくらいなの。昨日は、たぶんお水しか飲んでいないのよ」


 トーリが難しい顔をしていると、中からヘラルが現れて彼らを招き入れた。

 キッチンと居間が一緒になった大きな部屋と、寝室がふたつの家で、顔色の悪い女性がベッドに横たわりながら「こんな格好でごめんなさいね」と弱々しくトーリに言った。


「妻のアリスです」


 トーリはティアをおろすと頭を下げた。


「こちらこそ、お加減が悪いのに突然押しかけて来てしまい、申し訳ありません。ヘラルさんからお話があったと思いますが、僕は見習い冒険者のトーリと言います。治療について勉強中です」


「はい……」


 アリスはそれだけで疲れてしまったらしく、目を閉じてしまった。


(想像した以上に衰弱しています!)


 トーリは「失礼します」と言ってぐったり横たわるアリスに近づき「ヘラルさん、さっそくですが、回復魔法をかけてもいいですか?」と尋ねた。


 ヘラルが「お願いします」と答えたので、トーリはアリスに両手を向けて、全身に薄く染み渡るイメージで『アクアヒール』を唱えた。すると、アリスの全身が淡く光った。変わった様子は見られない。


「もう一度いきます」


 彼が再度『アクアヒール』を唱えると、今度は目を開けたアリスが咳き込んだ。


「大丈夫か?」


 ヘラルが妻を抱き起こして背中をさすった。咳をしているが、先ほどよりも顔に血の気が戻っているのを見たトーリは「アリスさんに、咳をする力が戻ってきたようですね」と言った。


「ヘラルさん、どうやら肺……胸にある、息をするのに使われる場所が弱っているみたいです。その辺りに集中的に回復魔法をかけたいのですが……もしも不安があるならここまででやめておきます」


 ヘラルはアリスの顔を見た。すると、アリスは目を開けてしっかりと夫の顔を見て、頷いた。


「大丈夫です、続きをお願いします」


「わかりました」


 トーリはアリスに向けて『アクアヒール』を数回かけて、さらにヘラルに支えてもらい背中側からもかけた。


「息が……楽になりました」


 アリスはそう言うと、ベッドの脇に立って心配そうに見つめるティアの頭を撫でてから、すやすやと寝息を立てて眠り始めた。


「お母さん……」


「頬が赤くなったね」


 ティアとヘラルはほっと息をついた。

 トーリは慣れないアクアヒールを連発したせいで軽く魔力酔いしたが、アリスの状態を見てあまり猶予がないと感じていたので、すぐに上級回復薬を用意する必要があると判断し、行動することにした。


「少し眠って目を覚ましたら、お水と、食べられるようなら消化のよい柔らかなものを食べさせてあげてください。また夕方に来ますね。僕は用事を片付けてきます」


「トーリさん、ありがとうございます」


「お兄ちゃん、ありがとう」


 ふたりのお礼の言葉に笑顔で応えて、彼は木の実売り一家の住まいをあとにした。




「おや、エルフの兄ちゃん。また外に出るのか?」


「はい、まだ薬草を集めていないんですよ。ちょっと働いてきますね」


「気をつけてな」


 入る時にはチェックが厳しいが、出る時には冒険者証を見せるだけで手続き終了だ。


 トーリは町を出ると、初心者が狩り場とする草原を走り、町から見えない場所でまた方向を変えて走り出した。先ほど町に戻る時とは違って肩にリスがしがみついているだけなので、かなりスピードが出ている。


「今日はよく走る日ですね。ランニングデーですね」


 そのまましばらく行くと、迷いの森に到着だ。


「ピピさーん」


「すー」


 彼らが声をかけると、精霊の女の子が飛び出してきた。


「トーリ! お帰りなさい! 今度はお茶会かしら?」


「ごめんなさい、お茶会はまだなんです」


 トーリはピペラリウムに、ティアがどうしてこの森にやってきたのかを話した。そして、彼女の母親を助けるために、薬草と浄化草を大量に採取する必要があることを告げて、助けてもらえないかと頼んだ。

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