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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第53話 救われた女の子

「ティアさん、もう大丈夫ですよ」


 トーリは女の子に声をかけながら、身体を固定していた蔓をほどいて、身体を支えようとした。すると、それまで血の気の引いた顔で震えていたティアの顔に、ようやく赤みが差した。


「ううっ、うわあああああーっ!」


 しがみついて号泣するティアの背中を優しく叩きながら「うんうん、怖かったね」と慰める。


「す」


 トーリに追いついて木を駆け上ってきたベルンも、彼の肩に収まると女の子の頭をぽんぽんとした。空気が読めるリスなのだ。


 しばらく泣きじゃくってから、ティアは「ありがとう、お兄ちゃん」とトーリにお礼を言った。まだ身体が震えている。


「あのね、ティアは、お母さんを助けたかったの。でも、やり方が間違ってたのよ。ティアの力では、迷いの森を抜けられません。湖に行けないの」


 母親を助けたい一心で行動したものの、実際に魔物と対峙してそれがどれだけ無謀な行動だったのかが身にしみたらしい。


「そうだね、間違えちゃったね」


 トーリは、ティアが町を抜け出し、歩いて迷いの森まで到達したことに驚いていた。まだ幼い彼女にとってどれほど辛い道のりだったのかは、血が滲む手足とボロボロになった靴を見てわかる。

 ティアは、力を振り絞って湖を目指し、そして挫折したのだ。


 トーリは傷口を水洗いしてからアクアヒールを数回唱えて、ティアの怪我を癒した。


「ありがとう……ティアはまだ小さいから、他にお母さんを助けるやり方がわからないの。お母さん、咳が酷くなって、昨日の夜はごはんも食べられなくなって……だから、もしかして、し、死んじゃうのかもって……」


 ティアの瞳から再び涙が噴き出していた。


「どうしよう、怖いの、お兄ちゃん、ティアは怖くてどうしたらいいのかわからないのよう、お、お母さんが、お母さんが、いなくなっちゃう、怖いよう」


「……」


 トーリは絶望し怯える女の子を見て、とても辛い気持ちになった。

 そして、その姿を見て。


(僕が命を落としたのを知って、父も母もこんな風に悲しんだのかな……僕はなんて親不孝なんだろう)


 家族を失う恐ろしさ。それをトーリは自分の家族に味わわせてしまったのだと、改めて感じた。


 たとえ偽善でも施しでも、この子の母親を助けたいとトーリは思う。


「ティアさん、聞いて」


 彼は言った。


「僕たちはまだ、自分の力で願いを叶えてくれる湖に行けない。だから、できることをがんばるしかないんだ」


「うん」


「今のティアさんができることは、お父さんとお母さんを安心させること。そして、お母さんの看病をすることだね」


「うん」


「それじゃあ、この森を出てお父さんのところに行こう。そして、ごめんなさいして、お母さんの看病をしよう。いいですね?」


「うん」


 トーリはティアを背負うと、先ほどの蔓を使って落ちないように固定した。


「僕はエルフだから、安全な木の上を飛び移って進むことができます。怖かったら目をつぶっていてもいいから、しっかりとおぶさっていてください」


「うん、わかりました」


 ティアを背負ったトーリはベルンにも「落ちないでね」と言うと、一度地面に降りて三匹の魔物を鑑定しながらマジカバンにしまった。オオヅメアリクイという、わりとよく見られる種類の魔物だった。


それから再び木に登ると、トーリは身軽に枝を飛び移り、姿を隠したピペラリウムと妖精たちが『よかったね』『こっち、こっち』とそっと導く、森の外へと向かうルートを辿たどった。




ティアは迷いの森の浅いところにいたので、少し進むと明るくなってきた。そして、ティアを捜索するためにやって来た騎士の三人組に気づいた。


「ラジュールさん!」


 騎士ラジュールは自分の名を呼ばれて、反射的に剣をかまえながら上を向き、木の枝に立って手を振るトーリを見つけた。


「トーリ、こんな所になぜおまえがいる?」


 トーリの背中に背負われているのは、どう見ても行方不明になっていた女の子だ。

 だが、トーリは笑顔で華麗にスルーした。


「この近くで薬草を探していたんですけどね、こう、冒険者としての勘がビビッと働いたんですよ。で、ちょっとだけ森に入って偶然ティアちゃんを見つけて保護しました」


「……」


 そんな都合のいい話を信じるわけがない。だが、ラジュールの視線にもめげずに、トーリは明るく言い放つ。


「たぶん、僕の方が早く森を出られると思うんですよね、エルフにとって森は友達だから! で、僕は走るのも得意なので、このままティアちゃんをおんぶして町に戻りますね! ではまた!」


「す!」


「おい、ではまたではない!」


 華麗に騎士をスルーするトーリとリスは片手をあげて、爽やかな笑顔で去ってしまった。


「……ラジュール、あのエルフと知り合いか?」


 仲間の騎士に尋ねられて、彼はトーリの姿が消えた方角をにらみながら「ああ」と答えた。


「なにが『森は友達』だ」


 だが、他の騎士たちは「あー、仕方ないな」「エルフだしな」と肩をすくめた。


「あの一族は、変わり者が多い。あの子どもも森の中で育ったんだろうなあ」


「うむ。俺にもエルフの知り合いがいるが、ちょっと常識を超えているというか、ちょいちょい突拍子もないことをやらかすぞ。あと、森に入るとずっと木の上を歩いているな。あいつらは勘がいいから斥候としては一流だ」


「目もとてもいいな。あと、弓の使い方がいろいろおかしい」


「わかる、おかしいな! でもまあ、それがエルフだからな」


「……そういうものなのか?」


「そういうものだ。ラジュールも見ただろう? あれが典型的なエルフってやつだ」


「まあ、女の子が無事に見つかってよかった。俺たちも引き上げよう」


「……そうだな」


 ラジュールは釈然としなかったが、ティアが無事に見つかったことをとても嬉しく感じたし、トーリについてはあとでじっくりと話をすればいいと判断し、帰還する。


 女の子を探しに来た騎士たちをねぎらっている妖精たちの心遣いで、帰り道でやたらに美味しい果物を見つけてしまい、ちょっと嬉しい気持ちで戻る騎士の一同であった。

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