第52話 森の親切な友達
『女の子を探しましょう』
『無力で弱い女の子が森に入ったのね』
『どこかしら、どこかしら』
『小さな人間の女の子だって』
ピペラリウムの囁きは迷いの森中に届いたので、風に乗ってたくさんの妖精たちの囁き声が聞こえてきた。
「トーリ、迷いの森はとても魔力の強い場所だから、たくさんの妖精がいるのよ。みんなが手伝ってくれるから、女の子はきっとすぐに見つかるわ」
「ピピさん、ありがとうございます」
しかし、トーリの胸の不安は消えなかった。彼が迷いの森を通った時、恐ろしい魔物に追いかけられたのだ。ティアの足ではそれほど深い場所には行けないはずだが、油断はできない。
『どこにいるのかしら? 小さな人間の女の子はどこ?』
『あら、あの子じゃないかしら』
『いたわ、小さな女の子だわ』
「よかった、見つかったみたいね」
ピペラリウムは森の中に入り、振り向くと「トーリ、わたしについて来て」と言った。
「はい、お願いします」
と、その時、妖精の悲鳴が聞こえた。
『大変よ、女の子を魔物が狙っているわ』
『大きなアリクイの魔物よ、アリのように食べられてしまうわ』
トーリは顔を引きつらせた。
「ティアさんが危ない!」
「妖精たち、わたしたちを呼んでちょうだいな、女の子のところに導いて!」
『ピピ、ピピ、早く来て、ピピ』
『妖精の道を繋ぐから、早く来て、ピピ』
森の中に光る道が現れ、それに沿って奥へと飛ぶピペラリウムのあとをトーリは走った。
(ティアさん、無事でいてください!)
トーリは森の魔力を吸収して、身体強化のレベルをさらに上げた。
「す!」
肩に乗るリスは必死でしがみついたが、トーリがピピを追い越す速度になると力尽きてしまった。
「すーっ」
「ベルン!?」
宙を飛ぶリスは、トーリの目を見据えながら小さな手で『早く行け』と行く手を示し、森の精霊ピペラリウムも「わたしももう無理だわ」とモフモフのリスに抱きついて脱落した。
「行って、トーリ!」
「ピピさん、ベルンを頼みます!」
リスと精霊がサムズアップしているのを確認したトーリは、全速力で妖精の光が誘うティアへと続く道を走った。
「いた!」
ティアの姿を見つけると同時にトーリは頭から突っ込むようにし、彼の身体の倍はある巨大なアリクイの魔物にロックオンされている女の子を抱き上げて、鋭い鉤爪から逃れた。
涙を流しながら、ものも言えずに震えるティアを片手で支えて「僕の首にしっかりつかまるんだ」と声をかける。
しがみつく女の子の重さなど感じさせないジャンプ力を見せて、彼はほぼ垂直に五メートルほど飛び上がり、木の枝につかんで身体を引き上げる。
獲物に手が届かなくなったアリクイはいらいらしたように、ふたりのいる木を殴りつけた。幸いしっかりした太い木だったが、アリクイの力は強く幹がえぐれている。初めて見る魔物がどのように攻撃してくるかわからないので、トーリはティアに言った。
「もっと高く上るよ」
怯えるティアはこくこく頷く。
彼は枝から枝へと飛び移りながら、次第に高い場所へと上った。アリクイは諦めるどころか仲間を呼んだので、下を見ると三匹の魔物が彼らを見上げていた。
トーリは『アリクイの魔物が遠距離の攻撃手段を持っていたら、身体強化ができないティアさんが危険ですね』と警戒して、早めに倒すことを決意した。
「ティアさん、僕は弓使いなんだ。ここからあの魔物たちを倒すから、木につかまって待っててくれるかな?」
ティアが頷いたので、トーリは木に絡まっていたツルをナイフで切ると、ティアが落ちないように彼女の身体を木に縛った。そして少し離れてバランスよく木の枝に立ち、マジカバンからエルフの弓を取り出す。
ティアが目をまんまるくしてトーリを見つめていると、彼は安心させるように笑いかけてから弓を構えて、光の矢を形成した。
(少し強めの爆発する矢にしましょう)
アリクイたちは華奢なトーリを脅威とは思わないらしく、闇雲に木を殴りつけて揺らし、彼を落とそうとしている。
(仲間を呼んだけれど共闘するわけでもなく、知能が低そうな魔物ですね)
矢が放たれて、最初のアリクイの頭に命中し、爆発した。
がっ! と声をあげてのけぞるその喉に、さらに矢を射る。これは細いが威力のある矢だ。
一本では貫通しないと予想したトーリは、同じ場所を狙って三本連続で矢を放った。すると、三本目の矢が身体に吸い込まれて、アリクイは横倒しになり、手脚をひくつかせた。
他の二匹のアリクイは『何を遊んでいるんだ?』というように倒れたアリクイを見たが、すぐに忘れたようでまた木を殴り始めた。どうやらトーリの攻撃で仲間がやられたとは考えていないようだ。
「舐められてますねえ。でも、それは好都合」
トーリはアリクイの細い口が上を向いた瞬間に、その中へと矢を射った。口の中を貫いた矢はそのまま頭の後ろから抜けて、二匹目のアリクイも倒れた。
二匹が倒れて、さすがにこれはおかしいと思ったのか、アリクイはトーリをじっと見た。嫌な予感がしたトーリがナイフを手にすると、アリクイの口から鞭のようなものが発射されてトーリのもとに迫った。
だが、反射神経の良いエルフのトーリは、数回ナイフを振るって肉色のそれを細切れにしてしまった。
「アリクイは長い舌を伸ばして巣の中にいるアリを食べるんでしたっけ?」
口を押さえながらのたうち回るアリクイを冷静に見ながら呟くと再び弓を構えて、トーリは三匹目のアリクイにとどめを刺した。




