第51話 行方不明の女の子
トーリは採取に向かう前に、ギルドに依頼が出ていないかを確認しようと、冒険者ギルドに一度戻ってから出かけることにした。
「掲示板のチェックをしっかりする習慣をつけましょう。ランクを上げるためにはギルドへの貢献度が関わってきますからね」
ランクを上げることで、適正レベルの狩り場を使うことができる。今のトーリではダンジョンに入れないし、普通の森ですら奥には行けないだろう。
ミカーネンダンジョン都市では、大切な冒険者の事故を予防するため、厳しく実力を見極められるのだ。それを手厚いケアだと感じる者はこの町に居つくし、過保護だと思う者は別の場所に移る。
日本で生まれ育ったトーリは、もちろん手厚いギルドだと満足している。ゲームと違って、命を落としたらコンティニューできないのだ。
「助けてください、お願いです!」
ギルドの中に入ったら、聞きなれた声が切羽詰まった様子で叫んでいたので、トーリは足を止めた。総合受付で訴えるのは、木の実売りの男性だ。
(まさか、奥さんの容態が急変しなんじゃないでしょうね?)
トーリは近寄り、木の実売りの話を聞いて驚愕した。
「ティアが、いなくなってしまったんです、どこを探してもいなくて、騎士様に尋ねたら迷子にもなっていないというんです。冒険者ギルドに依頼を出します、ティアを探してください、お願いします」
「落ち着けディック。行き先に心当たりは?」
「昨日の夜に、うちの妻が少し良くなくて、とても心配していました。今朝、朝食を取って仕事の準備をしていたらティアが見えなくなって……探しても見つからないんです」
「おいおい、奥さんは大丈夫なのか?」
「あまり大丈夫ではないんですけれど、今朝は少し食べることもできたし大きな変化はないです。ティアがいなくなったことは言っていません」
「そうか。どこかでかくれんぼでもしているのならいいが……町のどこかにいるなら、すぐに見つかるだろう。常駐の騎士団に話が通っているなら……どうした?」
冒険者ギルドに騎士ラジュールが入ってきたので、ギルドマスターのシーザーは立ち上がった。
「シーザー、少々まずい話だ」
「なんだ?」
彼はトーリをちらりと見たが、表情を変えずに言った。
「先ほど町に入った商人が、心配して通報してきた。朝早くに迷いの森の方角にひとりで歩いていく少女を目撃したそうだ」
「なんだって?」
「うわあ、ティア! まさか、迷いの森の湖に向かったのか? たどり着けるはずがないのに! ティア、馬鹿なことを!」
木の実売りは床に崩れ落ちた。
「ティアという子どもなんだな。湖に向かったというのは確かなのか?」
「はい、病で伏せっている妻の体調が悪くなり、助けようとして湖に願掛けに行ったんだと思います……ああ、どうしたらいいんだ……」
騎士ラジュールは落ち着いた声で言った。
「すぐに騎士団から捜索チームを向かわせる。冒険者ギルドからも出すのか?」
「迷いの森に出せるパーティに、呼び出しをかける」
「そうか。では、行ってくる」
ラジュールもティアの捜索に加わるようだ。足早にギルドを出て行った。
トーリはベルンと顔を見合わせる。
「僕たちも行きましょう。……バレないようにこっそりと」
「す」
トーリは小走りで町の門へと向かった。
ラジュールを追い抜いた時に「そんなに急いでどこへ行くのだ?」と尋ねられたが「今日は草原に薬草の採取に行くんですよ! 早く行かないと、草原は競争率が高いからなくなってしまうらしいんです、では失礼します!」と早口で言ってスピードを上げた。
ラジュールも、鎧を着ているにしては速く移動していたのだが、身軽ですばしっこいトーリはあっという間に見えなくなる。
「草原に採取?」
ラジュールは訝しげな視線でトーリの後ろ姿を見送った。
「見習いか。どこへ行くんだ?」
トーリは冒険者証のカードを門番に見せながら「薬草摘みです」と笑顔で行った。
「昨日はグレッグさんから草原の魔物狩りを習ったので、今日は採取をするんです」
「なるほど。気をつけて行くんだぞ。リスも、うっかり魔物に食われないようにな」
「はい」
「す」
トーリはそのまま草原の中ほどまで走った。そして、門番たちから見えなくなった場所で方向を迷いの森に変更して、全速力で走った。
「朝早くに向かっていたとしたら、ティアさんの足でも森についているはずです。森に入ってから時間が経ってしまったかもしれません。ずるいと言われようと、ここは助力を頼みたいと思います」
「す!」
トーリは迷いの森に着くと「ピピさん、ピペラリウムさん、いらっしゃいますか? トーリです、エルフのトーリです」と森に向かって精霊の名を呼んだ。ベルンも「す! す! す!」とがんばって呼んでいる。
すると、森の中から小さな女の子が飛び出してきた。トーリの目の前で、両手を握り合わせて叫んだ。
「まあ、トーリ! ずいぶんと早くいらっしゃってくれて嬉しいわ! 花の蜜を入れたお茶はお好きかしら? 陽だまりでお茶会をしましょうよ、とても良い香りのお茶がありますの」
緑色のドレスを着た森の精霊が、背中の薄緑の羽を羽ばたかせて楽しそうにトーリの周りを飛び回った。
「すみません、ピピさん。お茶を楽しみたいのはやまやまなのですが、今日はピピさんに助けを求めてやって来たのです」
「なにか問題が起こりましたの?」
「はい。知り合いの小さな女の子が、病気のお母さんを治したくて、迷いの森の奥深くにある湖を目指して森に入ったらしいんです」
「その小さな女の子は、ウルフを倒して団子にしてしまうくらいに戦闘力が高いお嬢さんなのですか?」
「いえ、とことこ歩くことしかできない女の子です」
親切な精霊は、両手を頬に当てた。
「それは大変ですわ! この森には恐ろしい魔物がたくさんいるのですよ、なんて無茶なことをしたのでしょうか!」
ピペラリウムが森に向かって「森に棲む妖精たちよ、幼く無力な者が迷い込みました。保護が必要なのです。直ちに居場所を見つけてわたしに報告をしてください」と囁くと、その言葉は風に乗って森の隅々に届けられたのだった。




