第50話 腕のいい薬師ベルナデッタ
「この部屋は、薬草のいい香りがしますね。日本でハーブと呼ばれていたものに似ています。あ、お香にも似ているかな?」
「す?」
リスも可愛らしく鼻を動かして、辺りの匂いを嗅いだ。そして、リラックスしたらしく木の実を取り出してかじった。
「す」
殻を落としてはいけないと思ったらしくトーリに渡したので、彼はポケットにしまった。
テーブルとチェアが置かれていたので遠慮なく座り、居心地のいい店内を見回していると、店の奥から女性が現れた。
「お待たせしてごめんなさいね、エルフのトーリさん。わたしはベルナデッタ。この店の店主で、生まれは人間だけれど今は魔女と呼ばれているわ」
立ち上がったトーリは、女性の姿を目にして戸惑いながら頭を下げた。
「……よろしくお願いします。これは、シーザーさんに書いていただいたものです。封筒に入れてなくてすみません」
「気になさらないで。拝見いたします」
トーリは幼女と老婆と上品な若い女性にと移り変わる手に、二つ折りにした紙を渡した。
ベルナデッタは、若いのか歳をとっているのか、太っているのか痩せているのか、美しいのか醜いのか、髪の色も目の色も目まぐるしく変化させながら、見るものにまったく情報を与えるつもりがないと言わんばかりに姿を変え続けていた。
(目がチラチラしますね。とても不思議な現象ですが、これは魔法なのでしょうか。それとも呪いの様なものでしょうか。だとしたらきっと不便でしょうね……)
ベルナデッタは紙を読み終わると、彼女を見つめて考え込むトーリを見てふふっと笑ったので、トーリは慌てて謝罪した。
「不躾に見てしまってすみません!」
トーリは女性に対して失礼を働いたと思い、『気を悪くさせちゃったらどうしよう』と不安になりながら頭を下げる。
「この姿が気になりますか? いいのよ、あなたのそれは当然の反応ですわ」
彼は首を振った。
「いえ、別に外見はどうでもいいんです。ただ、その不思議な現象でベルナデッタさんがお困りなら、僕になにかお手伝いできることがあるかなって思ったんです」
ベルナデッタは驚いて目を見張った。
「まあ……そのようなことを言われたのは初めてだわ」
ブレた映像のピントが合うように、ベルナデッタの姿が安定した。するとそこには、深いブルーの瞳に艶やかな黒い巻き毛の美しい若い女性が現れた。深い紫色のロングワンピースを着た彼女は、男性の目を惹きつける魅力的な容姿をしている。
「わたしはこれでも名の知れた薬師なのだけれど、それなりに財産を持った若い女性が一人身でいると、残念なことを考える者がいるのよ。特に殿方がね。だから、自衛のために幻惑の魔法をかけています。外出する時には別の姿に変装しているわ」
「そうだったんですか。お美しいからゆえのご苦労もあるんですね」
『お美しい』と言いながら、にこにこしてまったく下心を感じさせないトーリを見て、ベルナデッタは「ええ、そうなの。なるほど、あなたもたいそう美しい外見をしているから、きっと苦労を知っているのね」と納得したように頷いた。
しかし、トーリは前世で顔面が呪われていたようなものだったためか、人の見た目を『極悪な風間桃李レベルと、その他の人』くらいにしか分けて感じられなかった。
つまり桃李の顔以外のすべての人の外見には大差ないと感じていた。そのため、現在の自分の整った外見も『怖くなくていい感じ』くらいにしか思っていないのだ。
トーリはベルナデッタの言葉にも「僕は特に苦労はしてませんよ(普通の顔だし)」ときょとんとするだけだった。
ベルナデッタは、サラサラの金髪ストレートヘアを無造作に紐(実は幸運の組紐)でくくった、菫色の澄んだ瞳を持つ中性的な美少年の顔を『まさかこの子、とびきり綺麗な存在であることを自覚していないの?』とまじまじと見た。
「ええと、ベルナデッタさんに質問してもいいですか?」
「あら、そうだったわね、ごめんなさい。どうぞ」
「上級回復薬についてなんです。もしも僕が、材料となる薬草一万本と浄化草を千本持って来たら、あといくらお支払いしたら上級回復薬と交換していただけますか?」
「そうね……小金貨八枚、ね。もしくは、わたしが求めている珍しい植物を持って来てくれることでもいいのよ」
「珍しい植物、ですか」
「ええ。ただし、生えている場所が、普通の森の奥深くか、迷いの森の中なの。ごく稀に草原でも見つかることがあるけれど、本当に稀なのよ。でも皆無ではないから、幸運にも見つけることがあれば、わたしに譲って貰えると助かるわ」
「なるほど、幸運ですか……」
「す」
肩のリスが、さりげなく彼の髪をくくっている紐を引っ張った。幸運の組紐が威力を発揮しそうだと知らせているのだろう。
「もしよければ、その植物の名前を教えていただけますか?」
「もちろんよ。気にかけてもらえたら嬉しいわ」
トーリはマジカバンから紙とペンを取り出して椅子にかけた。それは日本で売られているメモ帳とボールペンだったので、ベルナデッタの瞳が光る。
(マジカバン持ちなのね。そしてあれは、ダンジョンの宝箱に入っていた遺物かしら? そのような貴重なものを平気な顔で使っているところを見ると、彼はやはり貴族なのかもしれないわね)
「お願いします」
ベルナデッタは欲しい植物の名をすらすらと述べた。さすがは町一番の薬師、知識がしっかりと頭に入っているようだ。
「材料分の薬草と浄化草、そしてこれらのうちの三本があれば、上級回復薬を渡してさらに代金も渡すわ。あと、これ以降に書いてある植物は、まず見つからないとは思うけれど、万一見つかれば一本で充分よ」
ベルナデッタは白く長い指で、トーリのメモをなぞって言った。
「わかりました、探してみますね」
トーリは心の中で『マジカバンのアイテムリスト』と念じた。
(……うん、すでに二種類入手してありましたね。あと一本、この中の珍しい植物が見つかれば、資金の問題は解決します)
話を終えると、トーリは「では、これで失礼します」と立ち上がった。
「お茶も出さずにごめんなさいね。それから、上級回復薬を渡す時には、用法と用量をしっかりとお伝えします。わたしが直接、患者さんの所に行って飲ませてもいいのだけれど、魔女が自宅に来るのを嫌がる人もいるのよ。あっ、嫌われているのではないから、心配しないでね」
とても力のある魔女ベルナデッタの訪問は、いきなり家に高位の貴族や王族がやってくるのと同じくらいの衝撃があるので、病人の身体によくないのだという。
「いろいろとありがとうございました。それでは、これから採取に向かいますね」
「お気をつけて行ってらっしゃいな」
トーリは笑顔で片手をあげると、ベルナデッタの店をあとにした。
「……可愛くて不思議な坊やだったわね。彼の発する魔力はとても澄みきっていて精霊や妖精に愛されそうな魔力だし、おそらく神の加護も受けているわね」
「その通りよ」
鳥籠の中の、偽物の小鳥が返事をした。
「あの子には悪いものが感じられないのだけれど、逆にあまりにも魂が清らかすぎて心配になるわね。ベルナデッタ、守っておあげなさいな」
「ふふふ、守るのか守られるのかわからないけれど、お友達になれたなら嬉しいわね」




