第48話 乾杯
買取り所を後にすると、グレッグは子どもたちを連れて酒場兼食堂をやっている近所の店にやって来た。
「約束だからな、ジュースで乾杯するぞ」
「ありがとうございます、兄貴!」
「兄貴はよせって」
口ではそういうが、嬉しそうだ。
本格的に混むのは日が暮れてからなので、店内はまだ空いている。店員はグレッグの顔を見ると「グレッグさん、いらっしゃい」と声をかけた。
「もしや、初心者講習でしたか」
「おう」
「それはお疲れ様でした」
店員は「今日はエールじゃなくてジュースかな?」とにこにこしながら子どもたちを見る。
「グレッグ教官は、このお店の常連なんですね」
ジェシカが言うと、店員は「有名な冒険者『銀月の覇者』を知らない者は、このダンジョン都市にはいませんよ」と笑った。
トーリはグレッグに「さっきも『銀月の覇者』って言われていましたよね。教官は二つ名を持つ、高名な冒険者なんですか?」とストレートに尋ねた。
「長年冒険者としてやっているし、この剣が『銀月』と呼ばれているから、その使い手ということで、まあ、呼ばれているわけだが……」
グレッグは、腰に佩いた、カーブを描くフォルムの剣を示して「こいつのせいだし、な」と口を濁した。
「グレッグさんは有名人ですよー」
店員がバラしてしまったので、子どもたちは「ほら、やっぱり!」と叫んだ。
「あとで『銀月の覇者』の噂を集めようぜ」
「兄貴は照れ屋だから、絶対自分じゃ言わねーぞ」
「かっこいいな。俺も二つ名がもらえるようにがんばろう」
「おいおいおまえら、余計な情報を集めるんじゃねえよ。ジュースを人数分と、揚げた芋と鶏の盛り合わせをくれ」
「はい。グレッグさんも飲まないんですか?」
「子どもを連れて酔っ払うわけにはいかないからな。シチューはもうできているか?」
「もう少し煮込めば出来上がりますよ」
「そいつも人数分くれ」
「はい、毎度ありがとうございます」
山盛りの揚げた鶏肉とポテトが来て、グレッグがすべて代金を持ってくれたので、トーリが「ジュースだけだと思ってました。いいんですか?」と尋ねたが「子どもは気を使わなくていい」と返された。
「俺はダンジョンでがっつり稼げる冒険者だぞ? これくらいなんてことねえよ。今日は初心者講習の打ち上げだからな、腹が減ってるだろうからしっかり食っとけよ」
グレッグは笑って、「そら、ジュースで乾杯だ」とグラスを持ち上げた。
「ご馳走になります!」
「兄貴、ありがとっす!」
「いただきます」
「グレッグの兄貴、ご馳走さまです」
「グレッグ教官、ありがとうございます」
子どもたちはおなかいっぱいに食べて、やっぱり一流の冒険者は違う、自分もこうなりたいと改めて思ったのだった。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました!」
相変わらず(トーリにつられて)礼儀正しい挨拶をして、グレッグと別れた。彼はこれから仲間と本格的に飲むそうだ。
「明日からどうする? よかったら、パーティを組んで狩りに行かない?」
アルバートが声をかけると「俺も誘おうと思ってた」「うん、行こうぜ」と言い合ったが、トーリは「ごめんね、僕は急いでやらなくちゃならない予定があるんだ」と言った。
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
「後日、一緒に行こうよ。冒険者ギルドに伝言を頼めるはずだから、予定がわかったら教えて」
「トーリがいれば、また大物を狩れたのによう。ま、あとのお楽しみってことだな! それまでに腕を上げておくぜ」
「そうね。わたしも火魔法の練度をもっと上げておきたいわ。大物狩りは実力をつけてからにしようよ」
子どもたちは「またね」と言い合って別れた。
「ただいま戻りました」
「す」
銀の鹿亭に戻ってきたトーリとベルンは、ロナに「お帰りなさい」と出迎えてもらってほっこりする。
「今日は夕飯を済ませてきてしまったんです。お父さんにごめんなさいをしなくちゃ」
「大丈夫よ。まだまだ早いから、余ったお料理はお店のお客さんに出せるの。あのね、ロナがお店にいる間は早いお時間なのよ」
「それならよかったです」
「早いお時間に教えてくれれば、お料理代はお返しできるから、早めのご連絡をお願いします」
「はい、わかりました」
ロナとトーリのやり取りを見て、食事に来ていたお客は『可愛くて癒される会話だな……』と内心で思う。
「そうだ、これはロナさんにお土産ですよ」
帰りに美味しい木の実屋に寄って銀の鹿亭用に余分に購入してきたので渡すと、ロナは「わあ、こんなにたくさんありがとうございます」とお礼を言った。
「あの、あのですね、トーリお兄ちゃん」
「なんですか?」
「ロナはね、ロナって呼んでもらいたいのです。昨日のお昼に来たお兄ちゃんのお友達は、さんってつけなかったの、ロナは聞いていました!」
「あ……そうでしたっけ」
「そうでした」
看板娘の幼女は、ぷくっと頬を膨らませて抗議する。
「ええと、それでは……」
トーリは厨房からこちらを見ているロナの父親の顔を見て、くすっと笑ってしまい、それから「ロナちゃん、と呼ばせてもらいます。可愛い女の子には、ちゃん付けがいいかなと思いますので」と言った。
「わかりました、それじゃあロナはロナちゃんになります!」
厨房のジョナサンが満足そうに頷き、肩を奥さんに小突かれてよろめいた。




