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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第44話 イノシシも敵じゃない?

「おいおい、トーリはなにをやってるんだ」


 半笑いのグレッグが呆れたように言ったが、トーリのすばしっこい身のこなしを見て、この追いかけっこにはすでに勝負がついていることがわかってのことだった。


「みんな、ちょっと待ってて。イノシシを弱らせてみるから」


 ぶもぶもと鼻息を荒くするイノシシに追いかけられながら、トーリは手を振って言った。


「大丈夫なの?」


「うん、イノシシにはねられるといけないから、合図するまで離れて見ててよ」


 トーリはイノシシの速度が大したことないとわかったので、走ったり歩いたりして引きつけて、勢いよく直進した後にかくっと直角に曲がったりしてイノシシを翻弄ほんろうする。


「遅いですよー、ヨボヨボのイノシシさんですかー」


「すー」


 たまにベルンが顔を出して、一緒になってイノシシをあおっている。なかなか度胸のあるリスである。

 イノシシは、すぐに牙で刺し殺せると思った獲物がちょこちょこ走り回り、しかも自分を馬鹿にするような態度を取ったので、苛立いらだちをつのらせた。

 

 軽トラほどの大きさで、がっちりした体格のカタコブイノシシは体重がかなりあるため、カーブを曲がるのが苦手だ。イノシシは巨体を持て余し、身軽に逃げ回るエルフへの憎悪をさらにたぎらせる。


 手抜きの鬼ごっこで涼しい顔のトーリからは、最初の恐れはどこかに消え去っていた。


「なるほど、ウルフと比べたら全然怖くないですね。最初にビビって損しました。このエルフの身体の能力をもっと信頼すべきでした、こういうのが経験不足って言うんですかねー」


 魔物の速さも迫力も、迷いの森の魔物とは格が違うことに気づいたので、トーリは余裕の表情だ。散々走らされたイノシシは、頻繁に方向を変えさせられるのでスピードに乗ることができず、疲労が溜まっていく。


「みんな、そろそろ脚を狙ってみてー。おなかの方が柔らかいから転ばそう」


「おー、前脚狙いで行くぞ!」


 トーリの声かけで、子どもたちはカタコブイノシシへの攻撃を再開した。疲れたイノシシはトーリを襲うことしか考えていないので、落ち着いて狙いを定めることができる。


 固いイノシシだが、前脚の同じ場所を連続で攻撃されて、とうとう脚をふらつかせた。


「チャーンス!」


 トーリは逃げるのをやめて、イノシシに向かって走った。そして、巨体の上に飛び乗ると頭を押さえ、両目をナイフで掻き切って飛び降りた。


 痛みと怒りでイノシシは絶叫したが、視界を失って闇雲に暴れるしかない。その口に、ジェシカの火の玉が見事ヒットした。

 前脚には棍棒が叩きつけられて、バランスを崩したイノシシが横倒しになる。


「今だ! 剣、行くぞ!」


 マーキーの剣が喉元を切り裂き「槍、頼む!」とアルバートに後を託した。


「了解!」


 体重を乗せた槍の刃先が傷口に刺さり、そこにぐぐっと力が加えられた。目をむいたイノシシは、声も出せずに激しく痙攣けいれんする。

 やがて喉を深く貫かれたカタコブイノシシは動きを止めた。


「……やった?」


「倒したの?」


 グレッグが近づいて「マジカバンには生き物は入れられないから、それを利用して確かめるんだ」とイノシシに触れた。


「大きなものを入れる時には、こうして『収納』だ」


 その場からカタコブイノシシの身体が消えた。無事にマジカバンに収納されたようだ。


「お疲れさん、見事イノシシを狩ることができたぞ」


「や、やったあ……イノシシをやっつけたぞ……」


「ああもう、怖かったよ!」


「やべ、手がブルブルだぜ」


 ギドはそう言いながら、棍棒を握ったまま離れない指を乱暴にこすった。


 刺した槍ごとイノシシを収納してしまったので、グレッグが槍を取り出してアルバートに「ほい」渡した。だが、手が震えて取り落としてしまった。


 槍を拾おうとしゃがんだアルバートは、そのまま座り込んでしまった。


「足ががくがくして立てない……」


 まだまだ初心者の子どもたちは、強い獲物を倒した喜びよりも恐怖の方が大きかったようである。


「みんな、ありがとう。ナイフだと攻撃力が弱いから、とどめを刺すのが難しいんだよね。僕も予備の剣を買おうかなあ」


 トーリだけは、いつものようににこにこして「目玉は柔らかいから、刃こぼれしてないよね?」とナイフを確認している。そしてきちんと浄化してから腰のホルダーに戻した。


「おまえはなんで平常心なんだよ! あんなやつに追いかけられて、怖くなかったのか?」


「うん、最初に予想したよりも足が遅かったし、身体強化をかけていれば怪我もしないだろうと思ったから、大丈夫だったよ」


「マジかよ。エルフってすげえな。いや、トーリがおかしいのか?」


 そんなマーキーに、ジェシカは「トーリはヒトツノウルフに追いかけられて、生き残るほどの足の持ち主だよ。イノシシくらいだと軽い運動くらいの気持ちなんじゃないかな」と言った。


「うん、僕は全然疲れていないよ。なんなら、もう一匹見つけて狩ってみる?」


「もうやめてくれよー」


「勘弁して。しばらく槍を持てそうにないから」


 口々に言う子どもたちを見て、グレッグは楽しそうに笑った。


「教官、笑いごとじゃないですよ! 本当に怖かったんだから」


「いや、すまん。一応、ひと当てしたところで俺が倒す予定だったんだが、おまえたちが予想外にいい動きをするからいけないんだぞ? 初心者の、子どもばかりのパーティがでっかいカタコブイノシシを倒しやがってー、あははは」


「わたしたちのせいじゃないと思います!」


「でっかいやつをけしかけたのは教官じゃんか!」


「必死だったんだぞー」


「初めての狩りであんなの、おかしいだろ!」


「いやいや、悪かったってば」


 プンスカ怒る子どもたちに、グレッグはさらに大笑いして怒らせてしまい、さらにトーリとリスにまで「スパルタ指導も過ぎると、若手の可能性が潰されてしまいますよ?」「す? す?」と責められてしまった。


「悪い! すまん! もうしないから!」


 講習が終わった後にジュースを奢ることにして、グレッグはようやく許してもらえたのだった。

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