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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第36話 さっぱりエルフ

「おっと兄さん、ちょいとお待ちよ」


 荷物置き場の鍵のベルトを腕に付けたトーリに、受付の老婆が声をかけた。


「ちょうど洗いばあが出勤してきたよ。兄さんは髪が長いし、初めての今日は頼んでみてもいいかなと思うんだけど」


「洗い婆さん、ですか?」


 受付の老婆の後ろから、少し若いがやっぱり老婆が現れて「はいはい、洗い婆でございますよ。髪を洗うなら銅貨三枚、全身洗いは銅貨五枚ですが、いかがでしょうか?」とにこにこした。


「それじゃあ、全身洗いをお願いします」


「はいはい、ありがとさんです。初めてなら説明しながらにしましょうかね」


 トーリは洗い婆に銅貨五枚を渡すと、教えてもらいながら、脱いだ服とマジカバンを荷物入れに入れて鍵をかけた。


「その鍵は他でも使いますよ」


 石鹸と身体洗い用の布を持った洗い婆は「床が滑りますので、お気をつけて」とトーリを風呂場へ案内した。


「わあ、広いですね。とても立派なお風呂です」


 石でできた巨大な浴場の中央には、お湯がたっぷり入った風呂があった。中央には直径一メートル程の壺が置いてあり、そこからお湯が噴出している。壺の周りには幾何学模様がたくさん描かれている。浴槽の床にも模様がついていた。

 ドーム状の建物の天井はガラス張りなのか、日の光が差し込んでお湯を輝かせている。

 ついでにすっぽんぽんの冒険者たちの筋肉も輝かせている。


 まだ明るいうちだが、仕事を終えた冒険者たちが五、六人、気持ちよさそうに湯に浸かっている。トーリたちをちらっと見た者は彼の顔を二度見したが、すぐに興味を失ったようだ。


「はいはい、最初に身体を綺麗に洗うのが決まりなんですよ」


「そうなんですね、慣れてなくてすみません」


 実はトーリは、温泉も銭湯も行ったことがない。スーパー銭湯に行こうとしたら、身体に絵を描いてあるわけではないのに、入り口で警備員にお断りされてしまったのだ。


 洗い婆はトーリを壁際に連れて行った。そこは天井がかなり低くなっていて、よく見ると円形の絵が描かれている。

 トーリが『お風呂の芸術なのでしょうか』とじっと見ていたら、洗い婆が「はいはい、あれはお湯の魔法陣なんですよ」と教えてくれた。


「あのでっかい壺に描いてあるのと一緒です。風呂の中にあるのは、お湯を浄化する魔法陣で、いつでも綺麗なお湯に浸かれるようになっています」


 ささ、こちらへ立って、と手を引かれたトーリは、洗い婆の指示に従って腕に付けた鍵を壁にある箱に近づけた。

 すると、上からシャワー状のお湯が降り注いだ。

 もう一度近づけるとお湯が止まる。


「はいはい、かがんでくださいね」


 トーリは内心で『たったの五百円で全身を洗ってもらうのは申し訳ないです』と考えていたのだが、石鹸をぶくぶくに泡立てた洗い婆はトーリを泡まみれにして「はいはい、目をつぶって」「はいはい、お湯を出しますよ」「はいはい、お立ちください」と言いながら驚くほどの速さで髪から足の先まで手早く洗い上げた。


「はいはい、綺麗になりました。ゆっくりとお湯にお浸かりくださいませ」


 ピカピカのエルフが出来上がった。


「髪はどうしてもギシギシになってしまいますから、受付のアンジェリーナ婆さんにサラサラに乾かしてもらってくださいな」


「はいはい、ありがとうございました」


 口調が移ったトーリに、洗い婆は「はいはい、どういたしまして」と笑顔で言うと、浴槽に浸かる男たちに「はいはい、洗い婆でございます。髪洗いはいかがですか」と声をかけて、長髪で髭もじゃの次のお客を見つけていた。


「受付の人はアンジェリーナ婆さん、というお名前だったんですね。まさか、貴族のお姫様おばあちゃんじゃあないでしょうね?」


 トーリはアンジェリーナばあちゃんの波瀾万丈な人生を勝手に妄想しながら、お湯の中で手足を伸ばした。




 身体の芯まで温まったトーリは、火照りが落ち着くまで新しい下着とシャツだけ着るとマジカバンを肩にかけ、受付のアンジェリーナばあちゃんに髪をサラサラにしてもらった。

 他にも数人おばあちゃんが出勤していて、お風呂上がりのジュースの販売も始まっていたので、銅貨三枚を渡して一杯もらった。


 話によると、男湯にはおばあちゃんが、女湯にはおばちゃんが働いているらしい。冒険者のおかみさんや、子育てが落ち着いて手が空いた女性が働きに来ているという。若い奥さんは産んだり育てたりと大変なのでいないようだ。

 浴場は掃除が重労働なのだが、建設する時にミカーネン伯爵が惜しげもなく浄化の魔導具を導入してくれたので、特に手入れを必要としないで済んでいる。建物はできた当時と変わらず綺麗なままだった。


「ハイテクですねえ」


「はいてく、ってのはなんだい?」


「進んだ技術が生かされているという意味です。魔導具って高いんじゃないですか?」


 魔法でエールを冷やしただけで銅貨五枚が貰えたトーリは、魔法の代金は高くつくのではないかと考える。


「そこはやっぱり、お金の使いどころをよくわかっている立派な領主様だからこそ、だよ。魔導具を使うには魔石が必要だけど、ここはダンジョン都市だからねえ、他所よりもずっと安く手に入る。おかげでここは大人気で、どんどん人がやってくる。あたしらは元々は領主都市の浴場で働いていたんだけど、そっちは若いもんに任せてこっちにやってきたんだよ。魔石がふんだんに使えるからずいぶんと生活が便利だし、年寄りにも優しい町なのさ」


「なるほど。働く高齢者に優しい町なんですね」


「ふふん、こんなばばでも無理なく働くことができるのは、ありがたいことだよ。栄えているから仕事はたくさんある。もちろんダンジョンや森で魔物を狩り放題だから、冒険者は働けば働くほど儲かるし、お金が回れば暮らしも良くなる。商機があれば商人たちもやってくる。ちょいとばかり危険があるけれど、領主様の力で、できてからほんの数年しか経っていないのに豊かな町になったよ」


 アンジェリーナの話を聞いて、トーリは『治安が良く、活気があり、冒険者に人気の町なんですね。ここに来られたのは幸運でした……あっ、アメリアーナ様はわかっていて僕を迷いの森に送り込んでくれたのでしょうか? きっとそうですよ、ありがとうございました!』と女神に感謝した。


 心の中で女神アメリアーナに感謝の祈りを捧げると、トーリの身体がほんのりと光ったので、皆は『あんなにピカピカに洗うなんて、洗い婆、すごいな』と勘違いをしたのであった。

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