第35話 次はお風呂
初めは身の危険を感じたが、マギーラは話してみると思ったよりもまともで、冒険者の先輩として頼りになる人物であった。
『美少年好き』というのも、アーティストの魂が昂ぶったゆえの反応で、変態というわけではなさそうだ。
ただ、トーリを見て湧き上がったイメージだというスケッチを見せてもらったのだが、彼はなにも言わずに裏返した。どうやらアーティスティック過ぎて理解できなかったらしい。
店に置いてある服を見たところ、それらはセンスがいいが普通の服だったので、トーリは『マギーラさんは天才過ぎるので、凡人が着る服を作る時にはそのセンスを薄くまぶすくらいがちょうどいいんですね』と理解した。
彼は、日本にいた頃動画でファッションショーを見たことがあったが、中には日常生活を送るのが困難なものや、やたらと露出が多くて逮捕案件になりそうなものまであったことを思い出した。
その非現実的な服に驚き、何千万円という値段が付くことを知ってさらに驚いたものだ。
「マギーラさんは、芸術性と実用性を融合させるという、難しいお仕事をされているのですね」
「……なんだか難しいことを。トーリくんは、顔もいいけど頭もいいエルフなのですね! これは萌えます、たぎります」
両手にリスを乗せて、そのモフモフした尻尾で顔を叩かれて喜んでいた彼女は、ポニーテールをぶんぶん振ると、手近な紙に新たに湧き上がってきた天才的なひらめき(トーリには理解不能)(ベルンにも理解不能)をスケッチした。
マギーラはしばらく夢中でアイデアを絵にしていたが、満足げにため息をつくと手を止めた。
「新しい装飾をたくさん思いつきましたよ。そうだ、アイデアの源になってくれたお礼に、可愛いリスちゃんにアクセサリーをプレゼントしましょうね」
彼女は店の裏手に行くと質の良さそうな布地や金具や糸などを持ってきて、青い布を裁断するとものすごいスピードで刺繍をし、ビーズを縫いつけた。
そして、ベルト状に縫いあげると金具をつけて、ベルンの首に巻いてとめた。
「どうでしょうか?」
ちっちゃな首輪をつけたリスはとても可愛かったので、マギーラとトーリは「このリスちゃんはキラキラが似合いますねえ! おしゃれっ子リスちゃんです」「ベルン、可愛い! すごく可愛いです!」とリスを褒めそやし、ベルンは喜んで「す!」と言いながら辺りを駆け回った。
「このビーズは魔石でできているので、攻撃を受けると身代わりに壊れます。まあ、草原の魔物くらいなら何度か防げますよ」
走り回って満足したベルンはマギーラの肩に駆け上がると、人懐こい仕草で彼女の頬を撫でた。そしてやはり、「す」と言ってお礼の木の実を渡した。
「効果付きなんて、とても高価で良いものじゃないですか。いいんですか?」
「いいんです、いいんです。冒険をがんばって、トーリくんとリスちゃんの元気な顔をまた見せてください。お待ちしています」
マギーラ洋品店を後にしたトーリは、ベルンに「いい人に出会えてよかったですね。きっと女神アメリアーナ様のおかげです」と話しかけた。リスは嬉しそうに首輪に触れて「す」と鳴いた。
トーリが鑑定してみると『ベルンの首輪 防御力アップ効果と、回数に制限があるがシールド効果がある』と出た。
「これで安心して、明日の屋外実習に参加できますよ」
「す」
おしゃれなリスは重々しく頷いた。どうやらやる気満々のようだ。
「でも、危ないからベルンは大人しく隠れていてくださいね」
「すっ?」
「駄目ですよ、ベルンが怪我をするようなことは避けたいんです。いいですね? 隠れてくれないなら、宿に置いて行くしかありません」
「すっ!」
ベルンは飛び上がると、トーリの首元から服の中に潜り込んだ。そして、背中に貼り付く。
「そこで待機ですか。本当はマジカバンに入れておきたいんですけど……マジックバッグには生き物は入らないっていうのが常識ですからね」
「す」
移動したリスは『試してみよう』とばかりにマジカバンに顔を突っ込もうとしたが、やはり弾かれたようだ。
「さて、着替えが手に入ったことですし、お風呂に行ってこようと思います。ベルンは銀の鹿亭でお留守番をしていてくださいね」
「す」
トーリから離れようとしないリスは、お風呂と聞いてあっさり留守番に納得した。どうやらこのリスは水に入るのが苦手なようだ。
宿に戻ったトーリが部屋のテーブルに炒った木の実の袋を置くと、ベルンはテーブルに飛び移って袋に寄りかかるようにして座った。
「では、行ってきます」
「す」
リスに見送られたトーリは、宿で教えてもらった公衆浴場を目指した。話によると、返り血を浴びた冒険者が防具ごとお湯をザバザバ浴びるワイルドな屋外浴場と、日本の銭湯に似た感じの浴場があるとのことだ。
今日はもちろん、銭湯タイプに行く。
鍵がしっかりとかかるロッカーが完備されているとのことで、マジカバン持ちでも安心して使えるらしい。
「こんにちは」
受付には老婆が座っていたので、トーリは『やっぱり銭湯にはおばあちゃん、ですよね』とひとり頷いた。
「いらっしゃい。見ない顔だが初めてかい? 冒険者は割引があるから、ギルドカードがあるなら見せておくれ」
カードを見せると「銅貨四枚になるよ」と言われたので、硬貨を取り出して渡した。
「これが荷物置き場の鍵だよ。使い方はわかるかい?」
「わかりません」
「棚に並んだ、この番号の箱に荷物を入れて、箱の番号の横にある魔石に鍵を当てると閉まる。開ける時は再び鍵を魔石に当てると鍵は消えて荷物が取り出せる。一度しか使えないから気をつけるんだよ」
「はい、やってみますね」
「身体を洗う布と石鹸は、合わせて銅貨三枚だよ。石鹸だけなら銅貨一枚だ」
「両方ください」
「頭を石鹸で洗うと髪がギシギシになるけど、そうしたらここに来て……」
「ばあちゃん、頼むわ」
「はいよ」
背中まである髪をギシギシにしてしまった男が来ると、受付の老婆は彼に瓶に入った液体を振りかけて「ほら、かきまわしなー」と声をかける。
男が髪を両手でほぐすと老婆が「ほい、『ウォームウィンド』」と唱えて魔法をかけた。
すると、男の髪はサラサラになって男っぷりが上がった。
「ありがとよ、ばあちゃん。さすがだな」
「ふふん、風呂屋の受付で髪を乾かして数十年、こちとらベテランだよ」
「すごいですねー」
トーリが拍手をすると、老婆は「今はまだ空いている時間だから、ゆっくり入っておいで」と風呂場へ向かわせた。




