第209話 意外と強いエルフ
その晩の『木漏れ日亭』の夕飯は、とても豪華であった。
「マリンの冒険者デビュー記念だ、大サービスの特別メニューはどうだい?」
親バカお父さんになっているジムが、「うちのマリンは自分で狩ったウサギを自分で解体して持ってきたんだ、天才じゃないかな」などと言いながら、食事に来た客に漬け揚げを勧めている。
材料費がかからないウサギ肉が大量に手に入ったということで、ウサギ肉のシチューの他にも肉の漬け揚げ(ニンニクたっぷりのタレに漬けてから油で揚げた、唐揚げのようなもの)を銅貨五枚で追加販売しているのだ。
カリッとジューシーな漬け揚げがお皿に山ほど乗って出て来るので、注文した客たちは驚いたのだが、あまりの美味しさに皆ペロリと平らげている。
「美味いわあ、こんなに美味しいウサギの漬け揚げは初めて食べたよ」
「マリンちゃんが狩ってきたのか。可愛いのに凄腕ハンターに育ちそうだな」
「もうすでに凄腕じゃないの? 冒険者になって初日の成果とは思えないわよ」
冒険者たちに褒められて、マリンは嬉しそうだ。
「そうでしょそうでしょ、このちっちゃなおててでウサギを仕留めたのよ。姉として鼻が高いわ」
エリーも姉バカを炸裂させている。
「しかも、最初の売り上げで美味しいお菓子を買ってきてくれたのよ。自分で使う前にわたしたちにお土産を選んでくれるなんて、こんなにいい子はいないわ。マリンは世界一の妹なの」
「お姉ちゃん、恥ずかしいよう……」
「強くて優しくて可愛いわたしの妹よ、マリン、可愛い可愛い」
エリーに抱きしめられて頬ずりされ、真っ赤になったマリンは嬉しくて恥ずかしくて大忙しである。そして、それを見た客たちはなんだか泣きそうになってしまい、慌てて漬け揚げを飲み込んだ。
トーリと同じテーブルについたゴリアテとヨーレイシャも「トーリとマリンはふたりとも想定外な奴らだよな」「ふたりはどこ出身なの? 生まれた時から変なトレーニングとかさせてる部族なのかい?」などとこそこそ話している。
「そういえば、ゴリさんとヨロさんは、ダンジョンに潜ってきたんですか?」
漬け揚げを噛み締めて美味しさににこにこしながら、トーリはふたりに尋ねた。
「いや、今日からは偵察依頼で、街から離れて見回りに出ているんだ」
「偵察依頼、ですか」
トーリが不思議そうな表情をすると、ヨーレイシャが詳しく教えてくれた。
「何日か前に、ミカーネン地方の方角で大きな魔物の群れが現れたという情報があってね。通りかかった冒険者たちが討伐してくれて、その時にほとんど狩られたんだけど、その後の調査のため馬で走り回っているんだよ」
「魔物の群れ? あ……なるほど」
トーリは心の中で『この街に来る途中でやっつけたアレですね。ダンガントカゲの亜種とかバッファローバードの亜種とか、けっこう強い魔物は全部叩いたから大丈夫だと思うんですけど』と呟いた。
「なに? もしかして心当たりがあるのかな?」
勘の鋭いヨーレイシャに笑顔で尋ねられたトーリは、御者のロッドと用心棒のカミーユ、そして『輝ける雄牛』のメンバーと共に魔物をぼっこぼこにした話をした。
「うわあ……」
ヨーレイシャはあやうくシチューの中に顔を突っ込みそうになる。
ゴリアテは「トーリ、そのことは明日冒険者ギルドに報告した方がいいぞ」と静かな口調で忠告した。
「聞きそびれていたが、トーリの冒険者ランクはなんだ?」
「Dランクですけど」
「え? も一度言って?」
「D、です」
「マジかよ」
「マジです」
ゴリアテも、シチューに顔を突っ込みそうになった。
「トーリくん、余計なトラブルに巻き込まれないためにも、そういうことはもっと大きな声で言い回った方がいいと思うよ」
「えー、『こんなガキがDだと?』とか言って変な人に絡まれそうだからやだなあ」
「言わなくても絡まれるじゃない」
ヨーレイシャの鋭いつっこみに、今度はトーリがシチューに顔を突っ込みそうになった。
そして、翌日。
「ごめんね、昨日ゴリさんに言われたから、ギルドに報告しなくちゃならないんだ」
「ミニミニスタンピードに巻き込まれた話ですね。全然いいですよ」
トーリが受付で冒険者証を提示して「報告したいことがあるんですけど」と言うと、受付の男性は怪訝そうな表情になったが、すぐに『あっ、この子、ギランをギッタギタにしちゃった凄腕冒険者だ』と思い当たり、小声で「簡単な内容をお聞きしてもよろしいですか?」と尋ねた。
「はい。馬車でこちらに来る途中、魔物の群れに出会って乗客と護衛の方々と一緒に戦ったんです。『雷の伝承』さんが調査していると耳にしたので」
「なるほど、情報の提供をありがとうございます。それでは、あちらの椅子にかけてお待ちくださいね。上の者に連絡してまいります」
ギルド職員は、人は見かけによらないことをよく知っていたので、エルフの子どもにもとても丁寧に対応した。トーリたちが椅子にちょこんと腰かけて待っているとすぐに戻ってきて「ギルドマスターとお話いただけますか?」と奥の部屋に案内された。先日副サブマスターとの面談にも使った部屋だ。
「すぐに来ると思いますので、ここでお待ちくださいね」
ふたりが子どもだからなのか、貴重な情報提供者だからなのか、別の職員が飲み物とお茶菓子を持ってきた。
「お待ちの間、お茶とお菓子をどうぞ」
「ご丁寧にすみません、ありがとうございます」
「お菓子だー」
マリンは幼い身体に精神が引っ張られがちなのか、小さな焼き菓子を見て嬉しそうだ。それを見た職員たちは思わず微笑む。
そして、妙に図太い転生者のトーリとマリンは喜んで一服したのだった。




