第206話 楽しそうな子どもたち
しばらくするとウサギ投げに慣れてきて、マリンもミツメウサギの身体に魔力を纏わせて強化できるようになった。
「いいですね! マリンさん、なるべく薄くコーティングして、魔力を無駄にしないように心がけてください」
大地から無限の魔力を貰えるマリンだが、この世界ではなにが起こるかわからない(例えば、宙吊りになるとか)ので、トーリはマリンに魔力の制御を覚えさせようとした。
「ゲームだと、コマンドによって消費魔力量が決まっていますが、現実では調整が可能なんですよ」
「自由度が高いんですね」
そうしていろいろ気をつけていると、今まであまり魔力を使ってこなかったマリンも新たな力に馴染み扱いに慣れてきた。彼女が投げるウサギもばすっ!といういい音を立ててトーリが受け止めるようになったので、彼らは少しずつ距離をあけて、リズミカルにウサギを投げ合った。
この辺りはあまり魔物がいないので、草原の奥から戻ってくる冒険者がたまに通りかかるのだが、遠目ではウサギには見えないので「どうして子どもがこんなところで遊んでいるんだ?」と不思議そうに思いながら街に戻って行った。
「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」とかけ声をかけながら、ふたりの間を凄い勢いで白いモフモフが飛んで行く。リスは少し離れた所で木の実をかじりながら、のんびりとその様子を見守っている。
のどかな草原の一コマに、異変が起きた。
とうとう衝撃に耐えきれなくなったミツメウサギの身体が、トーリが受け止めた途端に爆散したのだ。
「トーリさん、大丈夫ですか?」
「うわあ……べとべと……」
魔石が吹っ飛んだため、かなりグロい感じになったウサギの成れの果ては消滅したのだが、トーリの身体に付着したあれこれは『解体されて所有されたもの』とみなされるのか、消えないでへばりついたままだ。
だが、彼は優れた生活魔法の使い手である。
『クリーン』を唱えると、臭いもぬちょぬちょも綺麗さっぱり消え去り、肩に飛び乗ったリスにクンクンされて『くさくないです』と頷いてもらえた。
「生活魔法、本当に便利ですね! わたし、毎日使って腕を上げたいと思います」
「朝起きたらまず、自分の身体やベッドにかける習慣をつけるといいですよ。万一魔力酔いしても、ベッドの上なら安心ですからね。充分に広範囲にかけられるようになってから、ひと部屋からスタートして、最終目標は『木漏れ日亭』を一気に『エリアクリーン』できることかな?」
「宿屋ごと綺麗にできるなら便利ですね」
「うん。でも、あまりやりすぎないように気をつけてください。なんでも魔法に頼っていると、身体が鈍ってしまうからね。それに、ひとりで仕事を全部背負っちゃうのは、あまり良い事とは言えませんから」
「わかりました」
大丈夫だとは思うが、トーリは『木漏れ日亭』の人たちに楽をさせ過ぎて、マリンとの関係が歪になることを恐れていた。
そして、マリンも賢い女の子だった。
毒母と共に暮らさなければならなかったので、たくさんのことを考えて、必死で生き延びてこなければならなかったからだ。
「わたしたちって、この世界では異常な存在ですよね。ものすごく長生きだし、女神様の加護が手厚いから、できることも他の人とはレベルが違うし……」
「ああ、気づいていたんですね」
「初心者なのに、最終兵器みたいな大鎌を持っているんですよ? バランスが悪過ぎでしょう」
「まあね。でも、そこまでバランスを崩さなければ、前世の不幸と調和が取れなかったんだから、仕方がないですよね」
「はい、日本では最悪でしたから! だから、持っている力に溺れないように、周りとの調和を考えながら上手く生きていこうって思います。自分も周りの人も、一緒に幸せになれるように」
「マリンさん、さすがです! 調和の女神様に愛されているだけありますね」
「えへへ」
さて、もう少し訓練をしようかと次のウサギをマジカバンから出していると、通りすがりの冒険者から声をかけられた。
「よお、こんな所でなにやってるんだ?」
「ウサギ投げをしています」
マリンは元気に答えた。
「ウサギ投げ?」
「こうやって、ウサギに強化魔法をかけて投げっこするんです」
トーリとマリンは年配の男性に、ウサギ投げをやってみせた。
「なるほど、そういう遊びが流行っているのか」
いや、流行ってはいない。
「だけど、ちょっと投げにくそうだなあ……そうだ、おいちゃん、いいものを持ってるんだぜ」
冒険者はマジカバンから白い虎の魔物を引っ張り出した。
「きゃあっ、虎だわ!」
「これは、ホワイトヘルタイガーじゃないですか! うわあ、驚いたな。こんな立派な虎をどこで狩ったんですか?」
驚く子どもたちの反応に満足した冒険者は、機嫌良く言った。
「あっちの森の奥の方だよ。いや、おいちゃんはいつも森の真ん中くらいで狩りをしてるんだがな、今日はどういうわけか、急に脚が速くなって攻撃も決まるようになったん。んで、森の奥から虎の群れが出てきたんだが、余裕で狩れちまってな、こんなやつをカバンの中に山ほどしまってあるんよ」
どうやらこの冒険者は、熱心に腕を磨いていたため、女神のスキルアップ祭の恩恵を受けたようだ。
「そら、この頭なら投げやすくていいだろう」
気のいいおっちゃんはホワイトヘルタイガーの首を落とすと、ごっつい針と糸を取り出して切断面を綺麗に縫い合わせた。
「おいちゃんは革細工が得意なんだよ。これを使って遊びなさい」
虎の頭を受け取ったマリンは「こんな素敵な頭、いいんですか?」と驚いて冒険者を見た。魔物の頭を素敵なボールと思ってしまうあたり、マリンもかなりこの世界に馴染んできたようだ。
「いいのいいの、おいちゃんみたいな大人は子どもの面倒を見るのが仕事なのよ。そいじゃ、仲良く遊ぶんだよ」
冒険者はそう言うと、街の方に向かってものすごいスピードで駆け去った。
「親切なおじさん、ありがとうございます!」
「おじさん、ありがとう!」
マリンとトーリがおっちゃんに手を振ると、自分のスキルの効果に驚きながら走る冒険者も手を振り返してくれた。




