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優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜  作者: 葉月クロル


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第198話 無謀な男、ギラン

 翌朝、ナタリーが作ったお弁当をマジカバンにしまって、トーリとマリンは冒険者ギルドにやって来た。肩に乗るリスも、木の実を用意した。

 今日はマリンの冒険者登録をして、そのあとに草原で狩りをする予定だ。


 冒険者でなくても魔物を狩ることはできるのだが、トーリはマリンを一人前に育てて、将来は狩った魔物を売ってお金を稼げるようにした方がいいと考えていた。万一『木漏れ日亭』が続けられなくなったとしても、実力のある冒険者になっていれば生活に困ることはないだろうし、なんならマリンが家族を養うことができる。


 この国では、税金の関係で、魔物から採れた物資を家庭で使うことは許されているのだが、報酬を得るために売る場合には課税される。

 商店に直に卸すこともできるが、値段が安定しないし交渉が上手くないと買い叩かれてしまう。そのため冒険者ギルドに併設された買取り所を通すことが推奨されているし、冒険者になると買取り手数料が安くなるのだ。


 この街でマリンが成長し、女神からもらった『山の民の大鎌』を使いこなせるようになると、おそらく一流の冒険者に匹敵するほどの腕になるはずだ。


 大量の魔物からのドロップ品や魔石を売りさばくため、というのもあるが、これからのことを考えると、今から冒険者ギルドに在籍して人脈を作っておいた方がいい。


 ゲーム世界とは違い、ここではお金を稼いで食べ物を買って、という当たり前のことをしなければならない。社会人だったトーリはマリンの将来のことまでしっかり考えていた。



 というわけで、彼はマリンを連れて申請受付カウンターに向かおうとした。案内板を見て「広いギルドだなあ」「市役所に来たみたいです」と場所を探していると、運悪くギルドの酒場から出て来た朝から酔っ払っている男にガン見されてしまった。

 トーリは『ミカーネンのように、ギルド内ではエールだけしか売らないようにすればいいのに』と思いながらマリンを持ち上げて、体当たりを企てる男から素早く避けた。


 勢い余った男はたたらを踏んで、振り返ると憎々しげにトーリを見た。


「なにしやがる!」


「なにもしてませんよ。あなたの歩行の邪魔になる位置からどいただけですけど」


 まったくその通りなので、近くにいた冒険者たちが失笑した。


「なにあれ、かっこわる」


「しっ、一応熟練パーティの奴だぞ」


 真っ赤になった男は、そこそこ名の知れた冒険者のようだ。トーリは『強いけれど鼻つまみ者っていう立ち位置なのかな?』と思いながらも、マリンの手を引き足早にその場を去ろうとした。


「おい、待てや! おまえら、ここは子供の遊び場じゃねえんだぞ。悪いことをしたらなあ、お仕置きをされるってのが世の中の決まりごとや。土下座して謝って行け、おら!」


 トーリが思わず「うわあ、ガラが悪い。マリンさん、この街にはああいう人がいるから、自衛のためにもしっかりと腕を磨いておく必要があるんですよ」と言うと、マリンも「はい、わかりました。あんなにガラが悪い人は初めて見たので驚きです。がんばって強くなりたいです」と決意を表した。


 ということで、さっさと手続きを済ませようとその場を去りかけたトーリたちに、またしても「待てやあああーっ!」とガラの悪いダミ声がかかった。


「俺をコケにするとは、こりゃあ土下座と詫び賃だけで済ませるわけにはいかねえよなあ? 頭の悪いガキにはきちんとした躾が必要なんだ、ちっと顔貸せやぁ」


「嫌です。お断りします。僕たち忙しいんで、そういうイベントはよそでやってください」


 そしてトーリは手近な人をつかまえて「ここのギルドって、ああいう人を取り締まる警備の人とか騎士とかいないんですか?」と尋ねる。


「あんまり聞かないなあ。基本的に、冒険者ってのはなんでも自己責任だからな。坊主が知ってる所にはいたのかい?」


「はい。ミカーネンのギルドはギルドマスターが目を光らせてました。そこも基本的には自己責任でしたけど、目にあまる人は気にせずこてんぱんに……」


「ギルドマスターがのしたのか」


「いえ、のしていいって言ってくれました。気持ちよく遠慮なくのしました」


「お、おう……え?」


 トーリの話に首を傾げながら、その冒険者らしい男は「まあ、上手く立ち回るんだな。最悪、街の警ら隊の所に逃げ込めよ」と忠告してから立ち去った。


「ふうん、やっぱりミカーネンのダンジョン都市は他とは違って治安がいいんですね。このギルドもここまで規模が大きいと、ギルドマスターが全体を把握するのは難しくなるし……仕方がないですね」


「おい! てめえ! さっきからその態度はなんだ!」


「まだいたんですか? 暇なら魔物でも狩っていればいいのに」


 聞き耳を立てていた周りの人が、一斉に噴き出した。と、そこにかなり太めの小男がやって来て男に声をかけた。


「ギランさん、今日はパーティの打ち合わせが……」


「うるせえ!」


 ギランと呼ばれた酔っ払いは、小男をぶん殴って壁まで飛ばした。小男は壁に弾んでくるっと回転し、見事に着地してから「いきなり酷いなあ」と文句を言った。


「他の皆さんはもう待って……」


「うるせえよ! ちょっとこのガキどもを教育しなくちゃなんねえんだよ」


「あなたに教えられることはなにもないと思いますよ。迷惑だから、暴れるのはやめてください。殴られた方、大丈夫ですか?」


「ええ、僕は大丈夫ですけど……なんだ、いい子じゃないですか。まさか、ギランさん、この子に絡んで……」


「うるせえ、黙ってろっつんだよ! ……おいガキ、その小娘はよく見ると可愛い顔をしてるじゃねえか」


 小男はマリンを見て「よく見なくても可愛いお嬢さんで……」と言いかけ、またしてもギランに殴り飛ばされた。


「うるせえ! よし、そのガキを置いて行け。うひひ、ちょっとばかり可愛がってやるからよ。こういうガキを買い取ってくれるところもあるしな。そうしたら今日のところは許してや……」


「黙れ!」


 それまでほんわかしていたトーリが、突然厳しい表情になってギランに怒鳴りつけたので、辺りがしんと静まった。

 実は、彼の隣りで、マリンの様子がおかしくなっていたのだ。彼女はギランの視線を見て、彼女に手を出そうとした変態ロリコン男を思い出してしまったらしく、トーリと繋いだ手が震えている。


 彼女の顔を見たトーリは『これは非常にまずいことになりました』と、内心で冷や汗をかいた。

 マリンの真っ赤な瞳が凍っていき、光の無い黒になる。人が変わったような雰囲気になり、その手がマジカバンの中を探っている。

 指先が、真っ赤な大鎌の柄に触れた……。


「す、す、す」


 素早く飛び移ったリスがマリンの手にしがみつき、『落ち着いてください、早まってはなりませんよ、さあこの手を離しましょう』と説得をする。


 リスのモフモフした手触りと、真っ黒でつぶらな瞳の愛らしさに、マリンの瞳も光を戻した。


「はあ? 今、黙れって言ったのか? おまえ、なに調子に乗ってんだ? おまえが言っていいのは『ギランさんすみません、この女の子は好きなようにしてください』だけだろうがよぉ」


 マリンの様子に反して、トーリは焚き火も凍りつくような冷たい声でギランに言う。


「もう黙れと言っている。調子に乗っているのはおまえの方だ。この人に汚い言葉をかけるな。汚い目で見るな。今すぐここから消え去れ。その汚い顔を二度と見せるな」


 エルフの美少年の口から出た容赦ない言葉は、ギランの酔いを完全に醒ました。腰の剣に手をかけて、据わった目でトーリを見る。


「このガキ……てめえは、ぶっ殺す!」

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