第192話 すごい武器はあるけれど
刃まで真っ赤な大鎌は、これから魔物の命を刈り取ろうと張りきっているのか、それとも可愛いマリンのアクセサリーになりたいのかはわからないが、鮮やかで獰猛な光を刃紋に湛えている。
マリンにじっと見られて嬉しいのか、大鎌はギラリと光を反射した。
彼女は『この鎌が知性がある武器だったら嫌だな』と目を逸らす。
なにしろ女神に賜った特別な武器なのだ、なにがあってもおかしくない。
『こんにちは、僕はデスサイズくん。僕はいいデスサイズだよ、ギラギラ』なんて話し出したら困るので、マリンは巨大な大鎌をポシェットの中に押し込んだ。どうやら見なかったことにするらしい。
「ええと、これはですね、いったんしまっておくことにして……」
「えー、試しに使ってみてもいいと思うんですけど。マリンさんが冒険者デビューするなら、僕たちが全面的に協力しますよ」
「す」
トーリとリスが親切に申し出てくれた。
マリンは「あの、ありがとうございます。でも、現在その予定はまったくありませんので。万一の時にはお願いしたいと思います」と、完全に腰が引けていた。
どうやらなにかを感じ取っているようだ。もしかすると、彼女にはすでに『危険察知』のスキルが生えているのかもしれない。
「そういえば……トーリさん、ツトムンさんを覚えていますか?」
「もちろん! 確か彼は大学生でしたよね。そうか、僕たちがいなくなったから、『お人好し同盟』は彼ひとりになっちゃったわけか……」
ツトムンとは、一緒にクラン『お人好し同盟』を組んで仲良く戦った仲間なのだ。
「それがですね、ツトムンさんもこっちの世界に来ているんですよ」
「ええっ! ツトムンさんまでが? 来てるの? ってことは彼も……」
トーリは『ツトムンさんも亡くなっているとすると『お人好し同盟』のメンバー全員が黒いもやもやに取り憑かれていたということでしょうか。とすると、黒いもやもやはゲームに関係する存在だということですか?』と驚いた。
「その……よかったら、教会に行きませんか? 女神アメリアーナ様にわたしたちが会ったことをお話しして……ツトムンさんについても、トーリさんが直接お聞きした方がいいと思うんです」
「そうですね。それが確実です」
というわけで、マリンは家族に教会に行く許可をもらって、トーリと共に『木漏れ日亭』を出た。
「ここです」
「わあ、立派な建物ですね」
トーリはどこかの大寺院のような建物を見て驚き、ミカーネン・ダンジョン都市の神父が『小さな教会』だと話している意味がわかった。
「すごいですよね。日本のお寺に行くと、いろいろな仏様がお祀りされているのと同じように、この世界もたくさんの神様がいらっしゃるから、神像を置くだけでも広い場所がいるみたいです」
「マリンさんは、お寺に詳しいんですか?」
「修学旅行の時に京都と奈良のお寺巡りをさせられて、その時に話を聞きました」
どうやら特に信心深かったわけではなさそうだ。
トーリは辺りを見回すと、調和の女神アメリアーナ像の近くに置いてあるお供え物置き場を見つけた。
「旅の間には、届けることができませんでしたから……ちょっと多めにしましょうか」
「トーリさん、どうしたんですか?」
「アメリアーナ様は美味しいものが大好きだから、ちょいちょいお届けしているんです」
トーリはにこにこしながらそう言うと、マジカバンの中からアプラ、ブルーバ、リバンバン、パナプル、ウキナウーツ、ラージェと迷いの森で貰った果物を取り出して山にした。
もう載りきらない……と思ったところで果物が消えたので、マリンは「ええっ?」と目を見張った。
「あとは、この教会の皆さんに食べていただく分を……と」
トーリがさらに果物を載せると、その様子を見ていたシスターがにっこりした。トーリはさらに、マジカバンの中から布の袋を取り出した。そして、近くにいた年配の神父に声をかける。
「神父様、こんにちは。僕は冒険者のトーリといいます」
「こんにちは、トーリさん。わたしはこちらで神父を務めさせていただいております、マーブルと申します」
白髪混じりの焦茶の髪をした優しそうな神父は、まだ子どものトーリにも丁寧に挨拶をした。
「調和の女神のアメリアーナ様のご加護をいただき、とても助けていただいているんです。こちらを寄付しますので、お納めください」
「これはご熱心な信者様ですね。それでは中を拝見させていただきます」
神父マーブルは袋の中を覗き込んでから、笑顔で「トーリさん、お間違いですよ」と袋を返してよこした。
そして小さな声で「こんな大金を持ち歩くと危険ですから、安全な場所に預けることをお勧めいたします」とアドバイスした。
しかし、もちろんトーリは袋の中身を知っていて渡しているのだ。
彼も声をひそめて「神父様、僕はアメリアーナ様のおかげで安全に狩りをして、たくさんお金を手に入れたんです。だから、その一部を教会に納めます。有効活用していただけますと嬉しいです」と言うと、また袋を渡した。
肩に乗ったリスも、神父に頷いて見せた。
「そうなのですか。それでは遠慮なくご寄付を受け取らせていただきますね」
「はい。僕はアメリアーナ様とお話をしてきます」
「ごゆっくりお過ごしください」
トーリはマリンに「用事は終わったから、アメリアーナ様のところに行きましょう」と促して、女神像の前に置かれた木製のベンチに腰をかけた。
「トーリさん、もしかして……お金持ちだったりしますか?」
「はい。魔物狩りをするのが楽しくて、毎日たくさん狩っていたので、いつの間にかお金には困らないようになりました。マリンさん、欲しいものがあったら言ってくださいね」
「あっ、大丈夫です」
マリンは慌てて手を振った。
「稼げる冒険者を目指す気になったら、いつでも声をかけてください。スキルゲットして、どんどん強い魔物を狩れるようになると楽しいですよ。マリンさんも実際に鎌を振ってみるとわかると思います」
「確かに、経験値稼ぎしてレベル上げとか、武器の強化とか、ゲームの中なら楽しいですけど……現実にやるとなると……」
「僕は回復魔法が得意なんです。あと、エルフの弓で強力な遠距離攻撃ができるし、近接はハンティングナイフでとどめを刺す戦い方です」
「す」
「そうそう、リスのベルンも片手剣使いだから、近距離が得意ですね。マリンさんは大鎌だから、近距離の広範囲攻撃が得意かな」
マリンは真っ赤な大鎌で回転斬りする自分を思い浮かべて、少しだけ『楽しそうかも』と思ってしまった。
だが、同時に嫌な予感もしたので「いいえ、わたしは『木漏れ日亭』で働くマリンで大丈夫です! 冒険者はやらないつもりです!」とお断りをした。




