第187話 まさかの再会
手紙を出し終えると、トーリはゴリアテに「残りの用事は宿を確保してから改めてギルドに来て済ませたいと思います」と言った。これは『雷の伝承』としての仕事があるふたりの時間をあまり取らないようにという、トーリの気遣いだ。
彼はコミュニケーションについては初心者なのだが、社会人であったし、もともと思いやりのある性格なのでこのような気遣いができる。
ゴリアテは「いや、せっかく来たんだから用事を全部済ませちまえばいいのに」と言ったが、トーリは「早く行った方がいい部屋を取れるかもしれないし、泊まるところが決まれば安心して活動できますよ」とにこにこしている。
「お勧めの宿をお願いします」
「そうか、わかった。ヨロ、ここで飲んでるか?」
併設された酒場でエールを楽しんでいるヨーレイシャに声をかけると、彼は「いや、僕も行くよ」と一気飲みをして立ち上がった。
「興味深い子だからね、観察しちゃおう」という呟きは、ゴリアテの耳には届かない。
三人は冒険者ギルドの建物を出る。
ギルドがある道は冒険者向けの店が並んで商店街になっていた。武器や防具もたいていはここで揃いそうだ。
その先は食べ物を扱う市場になっていて、飲食店の数も増えてくる。
「向こうにしばらく進むと、宿屋が立ち並ぶ場所がある。表通りに面しているのはそこそこいい値段がするが、安心な宿が多い。だが、路地を入った先にあるのは安いが客層があまり良いとは言えない宿だから、トーリは近寄らない方がいいな。特に夜になると酔っ払いがいて絡まれたりするからな」
ゴリアテが説明をした。
「トーリは知っていると思うが、冒険者は金が手に入るとあるだけ使っちまう者も多いし、金がなければ懐が豊かそうな誰かにたかるかなんなら脅し取ろうなんて悪いことを考える奴も出てくる。暴力に慣れちまっているから、犯罪に手を出しやすいんだろう。酒が入るとストッパーが取れて、道を踏み外す者が増えるから、夜は外を出歩くんじゃないぞ」
「はい」
食堂が付いている宿屋は、酒を出して儲けを増やす傾向がある。酔ってそのまま寝てくれるならいいが、中には外に繰り出して騒ぎを起こす者もいるのだ。
「冷静に考えれば、他の冒険者から金品を脅し取るなんてリスクが高過ぎて馬鹿馬鹿しいのにな。たとえ初心者でも、相手は魔物をヤリ慣れてる奴だぞ? 手痛い反撃を喰らうって想像できないあたり、頭ん中が残念なんだろうな」
「そうですよね」
「だから、余計なトラブルを避けるためにも、トーリはもう少し見た目に気を遣った方がいいな。そのおぼっちゃん服はどうにかならんのか?」
「うーん、これは防御力が高くて、対状態異常とか自動修復機能とか付いているから、脱ぎたくないんですよ」
「そりゃすげえな。高かったろう?」
「はい、大金を注ぎ込みました。でも、身を守るためなので惜しくなかったです」
「それは賢い考え方だな。冒険者は守ってなんぼの職業だ。武器に力を入れて防具をおろそかにする奴は、たいていあの世にお引っ越ししている」
「わあ、怖い」
「ベテランは皆、固いぞ。ヨロは遠距離担当だが、戦闘の時はガッチガチに固めてある」
「そうなんですね」
ゴリアテのアドバイスを聞きながら、トーリは『ゴリアテさんって、見た目はバリバリの冒険者なんだけど、考え方はすごくまともというか、シーザーさんに似てる気がします。実はいい家の出身なのかもしれませんね。もしくは、生き残って強くなる冒険者は、まともでしっかりした人が多いのかも……』と、見かけがワイルドな割に先生みたいな話をするゴリアテを見た。
「武器はマジカバンの中にあるのか? 外に出しておいた方がいい」
「わかりました!」
「す!」
トーリはマジカバンの中からハンティングナイフをふたつ取り出すと、両側に下げた。リスも、どこからか片手剣を取り出すと、腰に下げようとしてベルトがなくて下げられないことに気づく。
「す……」
しょぼんとして、またどこかへ片手剣をしまう。
「ねえベルン、いつも不思議に思っていたんだけど、木の実とか剣とかをどこに隠し持っているの? 頬袋じゃないよね」
「す」
リスは『それはリスの秘密です』と、こてんと頭を倒して可愛らしく瞬きした。
リスとは、謎の多い生き物のようだ。
「そら、着いたぞ。ここは俺たちも常宿にしている『木漏れ日亭』だ。朝晩の食事付きで、飯が美味い。ふたつある貸し切り風呂が使えて一泊大銀貨一枚だが、おまえなら出せるだろう?」
「大丈夫ですよ。お風呂があるのはいいですね」
「俺たちもそこが気に入ってる」
彼は一日で金貨数枚を稼げる冒険者なので、もっと高級な宿でも余裕で泊まれる。おまけに、マジカバンの中には迷いの森で貰った高値で売れる果物や植物が山ほど入っているので、なんなら建物を丸ごと買い取ることすら可能だ。
彼らが『木漏れ日亭』に入ると、モップを手にして床を磨き上げていた少女が「いらっしゃいませ」と声をかけた。モップの柄と同じくらいの背丈の幼い少女だ。
「あっ、ゴリさんとヨロさん。どうしましたか?」
ピンク色の髪をポニーテールにした、せいぜい十歳そこそこに見える少女は、ルビーのように美しい真っ赤な瞳で恐れることなくゴリアテを見上げて、尋ねた。
「客を連れてきたぞ。冒険者のトーリだ」
「こんにちは。しばらくこの街に滞在するので、泊めてもらいたいんですけど……」
「……え? エルフの、トーリさん?」
「はい、エルフのトーリです。この子はリスのベルンです」
「す」
リスは片手をあげて『お世話になります』と挨拶をした。
少女はなぜか、穴が開きそうなくらいにトーリの顔を見つめて固まっている。彼は『まさか、僕の顔がまたおかしいことになってるんですか?』と不安になってしまった。
「マリン、どうした?」
少女の様子がおかしいので、ゴリアテもヨーレイシャも怪訝な表情でマリンを見る。
「知り合いなのか?」
「ト……リさんだ……顔が若いけど……お人好し同盟の……」
「え? 今、なんて」
と、少女が突然胸に飛び込んできたので、素早い身体強化で受け止める。
「トーリさん! トーリさんも来てたんですね! トーリさあん………」
「え? え? なに? なんなの?」
見上げる赤い瞳からみるみるうちに大粒の涙が溢れて溢れた。
「トーリ、さん、うわあああああーっ、トーリさあああああん」
トーリは彼にしがみつきながら号泣する少女を見て、困惑した。
「おい、マリンと知り合いなのか?」
「もしかして、生き別れの兄妹だったりする?」
「おい、種族が違うぞ。マリンは山の民族って言ってただろうが。トーリはエルフだし」
「そう言えばそうだよね」
ゴリアテとヨロも、突然泣き出した少女に困惑していた。
トーリは「山の民族?」と、少女の後頭部を見下ろした。そのピンク色の髪に見覚えがあるようなないような……。
「トーリさん、わたし、マリンです。大鎌使いのマリンです」
少女の名乗りを聞いたトーリは驚愕して叫ぶように言った。
「大鎌使いのって、嘘でしょう? マリンさん? イベントで大鎌を当てたマリンさん? うちの猛火力のマリンさん? 大鎌持ってる無敵のカマリンさん?」
「そのあだ名はやめてください!」
「うわあっ、本人ですよ、嘘、マジ、ええええええーっ?」
「嘘じゃありません、クラン『お人好し同盟』のマリンですよ!」
ゲームキャラよりもかなりちっちゃくなっているが。
少女は、日本でトーリと同じクランで遊んでいた、ゲーム仲間のマリンだったのだ。




