第19話 美味しい果物
日本で暮らしていた頃、顔が怖すぎたトーリは誰かと食卓を囲むことができなかった。外見など気にせずに彼を愛してくれた家族でさえも、トーリの顔を見ると理由のない食欲不振に襲われてしまうのだ。
彼は、小学一年生の時にそれに気づいてしまい、わざと食事の時間をずらすようにした。大切な家族が栄養失調で倒れてしまったら大変だと思ったからだ。
トーリの顔面に取り憑いたナニカは、顔のみならず、彼の人生もめちゃくちゃにしたのだ。
異世界にエルフとして生まれ変わった今は、もちろんそのようなことはない。
彼の肩に乗ったリスも大変食欲旺盛で、今もコリコリと炒った木の実をかじってごきげんである。むしろ、彼の顔を見ると食欲が増進するようだ。側に際限なく餌を与えてくれる仲間がいることで、安心したせいなのだろう。
「なんだってそんなことを言いやがるんだ、んな、仲間はずれみたいなことはしねえよ。それよりも、こんなに高いもんをタダでくれていいのか?」
「僕が採ってきたものなので全然負担じゃないです、大丈夫ですよ」
「ほほう、お前さん、見かけによらず凄腕の冒険者なんだな。採取専門でやっていくつもりなのか?」
「どうしようかな。いろいろと考え中なんです」
このミカーネンにやって来る冒険者は、新人でもある程度腕がいい者が多い。山奥の村で幼い頃から狩りをして育ったとか、天性の魔法の才能があるが家が貧しくて学校には通っていないとかいった事情だ。
ジョナサンは、トーリもエルフの村で一端の狩人だったのではないかと考えたのだ。
ゲームの世界で多くの戦いを経験してきたトーリは、その経験と知識から転生直後よりスタートダッシュを決められているし(ヒトツノウルフに追いかけられて逃げ切れる初心者は、まずいないのだ)、身体は丁寧にキャラクターメイクした『エルフのトーリ』というハイスペック仕様なので、ジョナサンの勘は間違ってはいない。
脇でロナが「いい匂い! すごーく甘い予感がします、ねえ、エルフのガキンチョさん、これは甘いの?」とパナプルを指さして尋ねる。
ほっぺたを赤くしてはしゃぐ幼女が可愛くて、トーリは目を細めた。肩のリスも「す」と鳴いた。
「僕はガキンチョではなくて、エルフのトーリっていう名前なんですよ」
「よろしくなのです、エルフのトーリさん。わたしはロナなのよ。ねえ、これ、甘いの?」
「よろしくね、ロナさん。パナプルはですね、甘くて、少し酸っぱくて、口がほわあってなるくらいにいい香りがして、とても美味しい果物なんです」
「うわあ、ロナも食べたい! ロナもほわあってしたい! ねえ、おとうさん、ほわあってするんだって!」
元冒険者だけあってムキムキで迫力のあるジョナサンも、ロナの可愛さにはデレデレのお父さんである。
「わかったわかった。トーリ、俺たちも遠慮なくいただくぞ。今夜の夕飯におまけのデザートとしてつけるからな」
「楽しみにしてますね」
足りないといけないと思ってさりげなくパナプルをもうひとつ、乗せる。ジョナサンは「おいおい」と抗議するが「ロナさんにたくさん食べてもらいましょう」とにこにこ顔で言われたら引かざるを得ない。
「やったー、デザートデザート、ほわあってするんだー、おかあさーん、おかあさーん」
「よかったねえ。トーリさん、ありがとうございます」
ロナが厨房のおかあさんに報告に行くと、手が離せないおかみさんは顔だけひょいと出してトーリに笑いかけた。
「あたしのこともよろしくね、この子の母親のエリーヌですよ。それじゃあ、美味しいもののお礼に、うちの看板娘がお部屋の案内をしなくっちゃあね」
すると、子どもらしくはしゃいでいたロナはハッとした顔になり。おしゃまなポーズをとって言った。
「そうなのよ、ロナは看板むしゅめだから、ちゃあんと案内できるのよ」
「偉いですね。それでは看板娘のロナさん、案内をお願いします」
「はあい、おまかしぇくださいなの」
ロナが母親から部屋の鍵を受け取ると「トーリしゃまのお部屋、こっちよー、おしゅしゅみくださいませー」と、客室のある二階を案内してくれた。
「このお部屋はちょっといいお部屋なのですー。窓が大きくて、お花を置く台があるのよ。ほら、たくさん泊まる人がここにお花を置くの」
「長期滞在者の為の部屋なんですね」
「よくご存知なのね。お荷物を入れるのはここなのよー。いいお部屋だから、鍵がかけられるのよー。閉めた後にこの石に触ると、触った人しか開けられなくなるのよー」
部屋には頑丈そうな物入れがあった。
だが、残念ながらトーリの荷物はマジカバンひとつなのだ。
ロナが張りきって案内してくれたのに申し訳ないと思っていると、彼の肩から降りたベルンが物入れの中に木の実を並べて「す」と指さした。
「ベルンの宝物を入れたんですね」
「リスの大切なお荷物も、ちゃんとしまえるの」
扉を閉めてから、トーリは魔石っぽい綺麗な黄色い石に触れた。ロナが扉を開けようとしても、開かない。トーリが再び石に触ると、何事もなかったかのように軽く開いた。
「この通りでーす」
ロナが得意げに言ったので、トーリとベルンは拍手をする。
「夕飯ができたら、鐘を鳴らします。朝ごはんは鳴らしません、見にきてください。おとうさんもおかあさんも早起きなので、すぐに食べられます。あんまり遅いと終わりになります。朝ごはんを食べない時はお弁当にできるので、おとうさんかおかあさんに言ってください。お食事がいらなくなったら早めに教えてください。その分は携帯食でお渡しできます」
看板娘を名乗るだけあって、宿の説明はあまりかまずに上手にできる。
「裏には水浴び場がありますけど、町のお風呂屋さんに行くことをおすすめします。気持ちがいいし、お風呂上がりに美味しい牛乳が飲めます。シーツは三日に一度お洗濯します。汚れたら銅貨五枚で余計にお洗濯します。すごく汚れたり破れたりしたら弁償してもらいます。こちらがリス用の籠です。好きなところに置いて使ってください。なにかごしゅちゅもん……ご、し、ちゅ、もんはありますか」
「ありません。ご説明ありがとうございます」
「ロナは上手にごせちゅめーできましたか?」
「できました」
看板娘の幼女は、嬉しそうに「えへへー」と笑うと「それでは、ごはんまでごゆっくりしてね、トーリお兄ちゃん」と言って部屋を出ていった。
「癒されますねえ。それでは、お言葉に甘えてゆっくりしましょうか」
「す」
トーリは机の上にリスの籠を置くと、ベッドに転がった。
ベルンも籠に入って丸くなった。




