第184話 別れの時
それから水の都アガマーニャまでの道のりで、ヴィクトリーは少しずつ狩りの腕を上げていった。
棍棒で全力で殴るとホームランになってしまう問題は、武器を片手剣に持ち替えることで解決した。
「剣だと飛ばなくていいね!」
襲いかかるミツメウサギの群れを、華麗なフットワークで避けながらスパスパ切り裂き、ヴィクトリーは余裕の表情で言った。地面には、横にふたつになったウサギと縦にふたつになったウサギが落ちているので、なかなかグロい光景だ。
ヴィクトリーはビビリな性格なのだがグロには耐性があって、解体も器用にこなす。
トーリとリスは、上手く仕上がってきたヴィクトリーを満足げに見た。
「肉や毛皮が欲しい時には棍棒を使って、魔石だけでいい時は剣を使うといいですね」
「す」
「棍棒は、毛皮に傷がつかないのが強みだね」
「大きな魔物にも、棍棒での攻撃が向いていますね。ヴィクトリーさんは、滅多打ちが得意だし」
「怖くて、ついつい叩きまくっちゃうんだよね」
「叩けるようになったのは、大きな進歩です」
「す」
リスも頷く。
怖くてうずくまるよりずっといいのだ。
「うちに帰ったら、近所の冒険者ギルドで登録するよ。そうしたら、トーリくんに手紙が出せるしね」
すべてのウサギから魔石を取り出してから、はぐれのカタコブイノシシが見つかったのでそれも棍棒で倒して、ヴィクトリーは解体をしながらトーリに話しかけた。
「僕は旅をしているから、ギルド経由が一番連絡が取れるんです」
「よかったら、このままうちの領地に遊びに来ない? 狭いところだけどさ、ダンジョンもあるんだよ」
「まずはアガマーニャのダンジョンに潜りたいので」
「そっかー。でも、いつか絶対に、来てよね」
「はい、ぜひ」
「百年後じゃなくて、なるべくすぐに来るんだよ?」
「五十年後くらい?」
「もう、やめてよー」
ヴィクトリーのマジカバンはあまり容量が大きくない(というか、トーリのマジカバンが大きすぎるのだが)し、少しは指導代をもらって欲しいと言われたので、毛皮や肉や骨はトーリが預かった。アガマーニャの買取り所で換金するのだ。肉の一部は、今夜の野営でみんなで食べる。
手が空いた者は手伝うが、たいていは料理が得意なカミーユと、ボンド商会のお嬢さんであるポーラが仲良く料理をする。どうやらふたりは急接近しているらしくて、今の仕事が終わったらカミーユはボンド商会の用心棒として引き抜かれるらしい。
ジャック・ボンドは、目つきが悪いが根は優しく、腕が立つし誠実な人柄のカミーユのことが気に入ったようだし、兄のマックも、不器用なので一緒に料理はできないけれど、カミーユとは親しくなっている。
ジャックはトーリに言った。
「商売人の一番大切な財産は、人間なんですよ。信頼できる人材が見つかったことが、今回の仕入れの旅での掘り出し物ですねえ」
マックによると、父親のジャックはかなりの目利きで、商売仲間から一目置かれているらしい。
「利にさとい者が集まるこの業界では、己の私欲のためならなんでもする人物も紛れこんでいますからね。信用していた店員に財産を持ち逃げされたり、乗っ取りを企まれたりといったトラブルも多いんですよ。お金の勘定ができるだけでなく、人を見分ける力も商人には必要なんです」
「僕なんて、すぐに騙されちゃうかも」
「はっはっは、そのリスくんがそばにいる限り、大丈夫ですよ」
どうやらジャック氏は、リスを見る目もあるようだ。
こうして馬車は無事に進み、とうとうアガマーニャの町に着いた。ここでトーリは馬車から降りる。他の皆は、もっと先に旅するのだ。
全員、同じ宿で一泊して、翌日の出発をトーリは見送った。
「トーリ、世話になったな。ダンジョンを楽しんで来い」
「はい。カミーユさんこそ、美味しいお料理をたくさん作ってくれてありがとうございました」
「おう。俺は用心棒だったんだがなあ、すっかり飯炊き要員になっちまったぜ」
まあ、平和でいい旅だったがな、とカミーユは少し笑った。肩に乗る魔獣フクロウのアークとリスのベルンが「ほ、ほ」「す、す」と別れの言葉を交わしている。せっかく仲良しになったのにもうお別れなので、少し寂しそうだ。
「ロッドさん、ありがとうございました」
「いえいえ。トーリさん、お元気で。ベルンくんと仲良くね」
とんでもなく強い冒険者なのに全然そうは見えない、穏やかそうな馭者のロッドは、名残り惜しそうにリスの頭を撫でた。彼は小動物が好きなのだ。
『輝ける雄牛』のシーラ、ブルサン、ファイブル、ロワーナも「楽しかったわ」「いつか一緒に魔物を狩ろうぜ」「元気でな」「闇の眷属たちも満足していた」と口々に別れの挨拶をする。
ボンド商会のジャックは「お近くにいらしたら、ぜひボンド商会に立ち寄ってください。良いものをお手頃な価格でご用意させていただきますし、信頼できるお店の紹介もお任せください」と、トーリと握手をする。
マックとポーラの兄妹も「あんまり無茶をしないで、元気でね」「トーリくんに会えてよかったわ。ぜひお店に遊びに来てね」と握手をする。商人の挨拶の基本のようだ。
「トーリくん……またね。また、絶対に会おうね」
「はい。ヴィクトリーさん、無理しないでがんばってください」
「もちろん、無理はしないよ! 安全第一で、ゆっくりと狩りをするよ。トーリくんのおかげで、懐がかなりあったかくなったからね。まずは畑の害獣駆除から始めるつもりなんだ」
「そうしてください」
「トーリくん……あのさ」
「なんですか?」
「君に会えて、僕の人生は変わったよ。本当にありがとう」
「こちらこそ、ヴィクトリーさんと友達になれてよかったです。毎日、とても楽しかったし」
「うん、酷い目に遭ったのに、思い出すと楽しかったなって思っちゃうんだ。おかしい、よね……」
ヴィクトリーは、涙声で言った。
「すごく楽しかったから、僕、なんかめっちゃくちゃ寂しくてさ。本当、もっと一緒に旅がしたかったよう……」
「ヴィクトリーさん……」
トーリも目を擦った。
「ハーメイ家の領地に、いつか行きますからね。そして、一緒にダンジョンに潜りましょう」
「うん。その時までに、僕、もっと強くなってるからさ!」
「はい。それでは、また会いましょう」
「またね、トーリくん」
トーリは握手をしようとしたが、ヴィクトリーにぎゅっと抱きしめられてしまい、目をぱちくりさせた。
「君は僕の大親友だよ。歳は離れてっ、いるけれど、大親友だからねっ」
彼はしゃくりあげていた。
「……うん」
トーリは急いでまばたきをしたが、溢れる涙を乾かすことはできなかった。




